FC2ブログ
アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子、伊藤悠里子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

最近のコメント

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

フリーエリア

にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ にほんブログ村 美術ブログへ

RSSフィード

絵と言うものをどう考えるか? <大人コース 中・上級レベル> ‘09/4/2(木)
   中・上級レベルともなれば、たまには、絵と言うものを考えてみようと言うのが、今回の話である。

   皆さんに、絵をどのように考えているか、質問したらどう答えるだろうか。
おそらく、返事に困るのではないか。

   「どうって? ただ、面白いから描いている」とか、「好きだから」または、「老後の楽しみとして始めたので、難しいことは考えてない」とか、そんな返事が返って来そうである。

   難しい話をするつもりもないが、ちょっと絵を脇の方から、見てみようというだけである。すると何が分かるか?

   皆さんが、絵を描くには当然、理由がある。趣味で描くわけなので、「楽しい」ということが、一番の理由になると思う。
   すると、「楽しくない」ことになると、どうなるか?
楽しくないなら、続ける意味がなくなるのか?

   今回の話の本題は、これである。
楽しくないなら、続ける意味がなくなるのであれば、一つの趣味で、長く続けていくことは難しくなる。
   なぜなら、趣味にも壁があり、スランプがあるからである。

これは、当然のことなので、そのことはお分かりであろう。そういうもんだと、理屈では、分かっているが、いざ体験してみると、マイッてしまう人が多い。
   壁やスランプのために、辞めていった人は、何人もいる。決まって、「才能がないから」と言う。

   辞めていく人間に何を言っても、仕方ないので、「才能がないから」と言っても、私は黙っているが、趣味の世界に器用・不器用はあっても、才能は関係ない。
   
   器用・不器用とは、適性を意味する。趣味をするにあたって、適性は必要であろう。
   しかし、才能とは、絵の世界の現状を打開し、新しい傾向や方法を生み出す能力のことを意味するので、趣味で絵を描く人には、関係がない。プロの世界の話である。

   では、辞めていく人間が不器用を、才能がないと表現しただけか、と言えばそれも違う。
   壁やスランプになるためには、十年ぐらいは続けてないとならない。十年続く人間が不器用であるはずがない。
   つまり、考え方の問題である。「才能がないから」と言うのは、単なる言い訳で、壁やスランプに出遭った時に、どう考えるかである。
   言い換えると、趣味の絵をどう考えるか、という問題である。

趣味というものを、どう考えるか。考え方一つで、趣味が意味を持つか、無意味になるか、分かれ道になる。

   これは、以前にも「壁に当たったら」で述べたことであるが、趣味にも一つの道がある。
   趣味道である。「道」であるので、他の茶道、華道、柔道、剣道と同じように日本的な考えの「道」という、険しさを暗示した趣味の考え方である。

   さしずめ、絵の場合、絵道と語呂の悪い言い方をしてみよう。絵画道とすると、芸術的なニュアンスが含まれてしまうので、趣味の世界で、絵画道は、適当ではない。

   さて、この絵道と考えるか、単純に趣味のお絵描きと考えるかによって、粘りが違ってくる。

   問題は、ここにある。

趣味のお絵描きとして、絵を始めることに、もちろん反対はしない。誰にでも初めはあるし、動機は、重要ではない。
   重要なのは、十年選手が未だ、趣味のお絵描き感覚では不味かろうと、言いたいのである

   「絵と言うものをどう考えるか?」

その答えは、絵道と考えよ。

   そう言うこと。

栄養の取り方 <大人コース 中・上級レベル> ‘09/4/1(水)
   栄養の取り方といっても、食べ物の話ではない。絵の話である。

自分の絵に栄養が足りている、足りていないということがある。そういう話をしてみよう。

   絵を描くという行為は、出力ということである。アウトプット。頭の中から絵を引っ張り出すというイメージが近い。
   そんなこと考えたこともないと、思うことであろうが、事実、絵は頭の中から出てくる。
   モチーフを置いて、それをそのまま描いたとしても、同じことである。
モチーフを目が見て、その情報を脳に送り、脳でモチーフを判別する。どう描くかは、脳次第である。脳がモチーフのカタチやニュアンスを打ち出す。つまり、アウトプットして初めて描けるのである。

   まず、このシステムを覚えてほしい。

脳が打ち出すなら、脳にあらかじめ、何らかの蓄積があるかどうかは、絵に大きく影響すると思わないか?
   考えるまでもないであろう。

では、問題は、その蓄積をいかにしてするかである。
   この蓄積が、入力、つまりインプットによる。

言いたいことが、何となくお分かりであろう。

   この蓄積が栄養を摂取した証である。

まとめると、栄養を摂って蓄積しないと絵は、描けないことになる。また、人体の必要とする栄養素と同じで、一種類ではない。何種類もの栄養が必要であり、それらを摂取することにより、機能すると考えてもらいたい。

   ただ、人体における栄養学ほど、絵の場合の栄養学は開拓されてない。まずもって、未開拓と言っていい。
   皆、勘でやっているのが、現状である。
また、描く絵によっても必要な栄養素が違う。例えば、油絵のような総合的な栄養素を必要とするものは、栄養素が必ずしも絵の世界にないことがある。それで、今回はその場合の栄養の摂り方を参考までに、紹介しよう。

   絵の世界の栄養の摂り方は、未開拓なので理屈がない。

「色々なものを見て、感じて、勉強しなさい」と、先生が言って、お仕舞である。
   実際、そんな言葉しかない。

私の経験で言うと、まず、テレビ・映画などは栄養がある。本を読むこと、音楽を聴くことも栄養である。意外と栄養がないのが、スポーツであろう。汗を流して気分転換したところが、精々だと思う。

   また、居酒屋の親睦も栄養がない。これは、気分転換が殆ど。
私の昔の知り合いで、栄養の摂取を理由に飲み歩いている者がいたが、まあ、商売にもよるので、一概には言えないが、少なくとも絵を描く者としては、余り意味がないと言える。

   例えば、音楽などで私が学んだことがある。
ジャズが好きでよく聴くが、サクソフォンを吹くところで、気が付いたことがある。
   
   曲の吹き出しで、「プッ プー」とサックス奏者が吹くことがある。これは良くある手であるが、どうして「 プー 」と最初の一音を吹かないのか考えた。
   もちろん、「プッ プー」は、毎度ではないが、何を意味するのだろうか考えた末、思いついたのは、曲の吹き出しを柔らかくすること、変化、そして「振り」である。

   この「振り」というのは、以前にも書いた事であるが、「まず一つ振る」ということ。
唐突さを出さないための工夫である。
   絵は、この「振り」が大切である。「振り」がない唐突な絵は、ツライ絵である。

そのためには、まず振ることが、大切であると、音楽を聴いていて再認識した。
  「プッ プー」は、サックス的には、どうなのか知らない。そんなことは、大ハズレでもいい。何によってヒントを得、どう考えたかが、重要なのである。

   皆、それぞれ栄養の取り方は、様々だと思う。普段の生活の中に、絵のヒントまたは栄養があると考えよう。

描き込んだ絵の効果 <大人コース 中・上級レベル> ‘09/2/27(金)
   スケッチの話から、今度は逆な話をする。急ぐように速く描くスケッチから、今度はゆっくりじっくりの描き方の話である。

   当然、スケッチの話ではない。屋外の制作ではなく、屋内の話として聞いてほしい。
   なぜ屋内かと言うと、今回の話の描き込んだ絵とは、時間を掛けた制作のことであり、時には何ヶ月にも及ぶ制作のことなので、制作環境が一定している屋内ということである。

   何ヶ月に及ぶ制作と言っても、断続した制作のことで、描き始めから描き終わりの完成までの通しの期間を指す。

   わが教室でも月2回授業の人は、水彩画でも2~3ヶ月はザラである。油絵だと3~6ヶ月、長いと一年を超えることがある。
   
   毎日描ける状況にある人は、別にしてほとんどの方が、仕事に就いていることだと思う。それで、月2回ぐらいの制作がやっとなのではないだろうか。現に生徒さんで月2がベストペースと言った人もいた。

   だから、そういう制作頻度の方は、描き込んだ絵のような、時間の掛かるテーマを、選んだ方が良いと思う。
   何故なら、制作にも色々あり、感を働かせながら描く描き方もあり、感ではなく、感覚を働かせながら描く描き方もある。
   一般的に、前者は短時間制作に向くし、後者は長時間制作に向く。

月2回ぐらいの制作頻度だと、感が戻るまでに仕事に行く時間が来てしまう。それで、感覚的な作業を中心にする方が、適当と考えるのである。

   さて、それでは描き込んだ絵とは、どういうものか? また、その効果とは? について話を進めてみよう。

   水彩画を例に取る。

水彩画でも描き込む絵はある。ただ、紙が相手なので、油彩画のようなタフな描き方は出来ないし、適当ではない。

   この場合の水彩画は、やはり少し複雑な絵を意味する。丁寧さと複雑さを必要としたら、自ずから時間は掛かる。時間を掛けて丁寧に描く、そして一つ一つ積み上げるようにして描く描き方である。

   わが、教室では模写をする人が多い。模写は、まず技術的な面を言うだけでも、背伸びしないと、上手くいかない。背伸びしても足りないこともある。勉強するには、いい勉強方法であるが、選ぶ絵によっては、中々厄介である。

   それで、月2回の人は、何ヶ月にも及ぶのである。

その掛かった時間は、明らかにオリジナルの絵より長い。水彩画なので、オリジナルの絵は、それほど時間を掛けてない。掛かったとしても、せいぜい6時間がいいところだろう。

   それを、1回3時間、月2回、計6時間。3ヶ月で18時間を描けて描くとどうなるかと言えば、オリジナルほどの歯切れの良さはなくとも、もっと濃厚な絵になっていくのである。

   それは、それで大変興味深い。なぜなら、絵は不思議なもので、掛かった時間が絵に出てくるのである。厚みが増すと言うか。
   それを、狙ってワザと時間を掛けることもある。そういうことがある。

つまり、描き込んだ絵の効果とは、時間を見せる効果ということである。絵の一筆一筆に時間が織り込まれているのである。これは、絵の厚みを増すし、迫力も増すのである。

   こういう描き方があること、こういう効果があることを、一つここで覚えておいてほしい。

屋外でのスケッチはゆっくり描くな <大人コース 中・上級レベル> ‘09/2/26(木)
   また、速く描く話であるが、テレビほど忙しくないので、安心してほしい。
ただ、テレビのスケッチは、練習なので雑でもいいが、今度はそうはいかない、と前置して始めよう。

   天気の良い日に、屋外でスケッチしたら気持ちが良いと思う。恥ずかしいのを別にしたら、大抵の人は、そう思うのではないだろうか。

   風のない穏やかな天候の時のスケッチは、何か生きる張り合いを感じると言うか、贅沢な時間を過ごしている喜びを感じるのは、皆同じだろう。

   そういう時もある。しかし、そうでない時もある。天候がである。

穏やかな日ばかりを狙って出掛けたいものであるが、中々そうも言ってられない。第一、急に風が吹き出すこともあるし、急に上天気が曇りだすこともある。雨までいかなくとも、光りと影のバランスが、一変することだってある。

   そもそも、スケッチはなんのためにするかと言えば、リアリテイーの蓄積が主な目的である。
   そういう意味で、例えば、作家だってスケッチする。
作家が、自室で全ての行程を、書き上げるわけではない。道を歩いてる情景描写だって、机の前に座って、頭の中で作り出した情景描写にどれだけのリアリテイーが含まれるだろうか。

   外を歩き、感じたことをメモする。それを情景描写の中に盛り込むのである。こういうメモが作家の場合のスケッチである。

   絵を描く者の場合は、作品のテーマに、よりアプローチするためにするスケッチもあれば、風景の一瞬の空気を描き止めるスケッチもある。それ自体が作品になる。

   いずれにしろ、スケッチのリアリテイー含有量は多い。含有量は多いのであるが、これを獲得するためには、どうしても天候の影響をモロ受けることになる。

   ゆっくり描くスケッチもないことはない。これは、本人の事情により、ゆっくりじっくりと描くこともあるだろう。それは、人それぞれ本人の勝手であるが、普通の場合、屋外でのスケッチは、速く描く癖は付けておいたほうが良い。

   もちろん、天候の問題もあるが、リアリテイーの獲得は、速く描く方がそれだけ獲得しやすいからである。つまり、速く描くと考えてる暇がないため、屋外で感じたものが、そのまま絵の中に反映されるということ。

   これは、ゆっくり描くと、考える時間があるため、リアリテイーが分散しやすいという言い方も出来る。上手く描こうと余計な事を考えやすいのである。
   ゆっくり描くのは、本人の勝手と言ったが、描く目的・事情もあるだろうが、そのことは、気を付けねばならない。

   ロートレックやドガのように、スケッチを元にして作品化する画家は、とにかくスケッチは速描きである。一瞬をスケッチし、それを作品化する時に肉付けするのである。

   彼らの作品がスケッチの有効性を見事に証明している。

とにかく、屋外でのスケッチは、速く描こう。
   それは、リアリテイーとの追いかけっこでもあるし、天候との鬼ごっこでもあるから。

テレビをスケッチする <大人コース 中・上級レベル> ‘09/2/25(水)
   テレビのスケッチについては、「高齢者のための絵画指導」で書いたことがある。

   「社会の窓、世の中の窓、」とも言える豊富な映像情報のことや、日本の中のことは言うに及ばず、世界のこと、歴史的なこと、宇宙、空想世界、服飾、フードなど、テレビが一台あれば、あらゆる映像を手に入れることが出来ることなど、テレビの便利性・有効性の話をした。
   
   この中で述べているとおり、テレビは有効活用出来る。
ただ、あまりテレビをスケッチする人の話は、なぜか聞かない。

   やはり、速く場面が変わるからだろうか。

特に最近のテレビは、映像が良い。ビデオなどに撮って資料として使う人はいるが、スケッチはほとんどいない。ほとんどというより、いないのではないだろうか。

   以前、エピソードで描いたが、私が若い頃、わが師匠の映周先生に、テレビのスケッチを描くようにと、言われたことがある。

   学生時代のことであったが、夜更かし朝寝坊の私を早朝叩き起こし、テレビをすぐにスケッチせよと、言い出した。
   中国の歴史ドラマであったが、景色が非常に良いので描き止めよ、ということらしい。

   スケッチブックを六つに区切り各場面ごとに、描いたが大変な思いをした。寝起きということを差し引いても、映っている時間が、数秒のスケッチは、目と手が同時でないと追い着かない。見てから描いたのでは、間に合わないのである。

   始まったばかりの2時間ドラマを最後まで描けるものではない。途中でリタイヤしたように思う。まだビデオがない時代である。

   景色と構図が良かったのだけを、記憶した。

ゆっくり描くことも大事であるが、動きを瞬時に掴む描き方を覚えることも、大事である。
   意外なスケッチを強いられたが、結果、何かを感じたことは確かである。

動物園で動物を描いたことが、あるだろうか?
   トラやヒョウのようなネコ科の動物は、ほとんどジッとしてない。狭い檻の中を右に左にターンを繰り返す。
   右向きに歩いているところを描くつもりが、目を上げると左向きになっている。これを繰り返していると相当イライラして来る。

   こういう速い動きは、テレビを描くのと同じで、見てから描いたのでは、間に合わないのである。また、道を歩いている人も同じで、アッという間に通り過ぎる。
   しかし、たとえ最後まで描き切れなくても、動きの持つリアリテイーは、写真を見て描く時と比べると、リアリテイー含有量は、格段の差がある。

   ウソと本当の差と言っても良い。

ということで、動きのリアリテイーを勉強することは、中・上級レベルの人には是非やってほしいことだと私は考える。
   それには、テレビが役立つという話である。