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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2015・6・16(火
「教室日記」
  
  今、Hさんという生徒さんが、ジョルジョのデッサンをしている。 

Hさんは、年配の男性。 
  基礎デッサンコースを終了すると、写真を基に、人物描写の鉛筆画を2点描いた。 
  その後、石膏デッサンを希望したが、一点だけ難しいものにチャレンジしたいとのことなので、ジョルジョをススメた。 
  ジョルジョの難易度はかなり高い。 非常に難しいと言ったら、興味が湧いたようだ。 


  Hさんは、教室在籍2年くらいだが、個人的に絵を描いていた期間が何年かあったようで、全くの初心者とは、絵に対する勘どころが違った。 呑み込みが早いのである。 
  それで、ジョルジョを描いてみたらと言ってみた。 結果はどうあれ、勉強になればいいと思った。


  たいていの石膏像は、何となくカタチに理屈がある。 だから、勉強中の人には、それぞれ難しいだろうが、頑張れば何とかなる。 
  しかし、ジョルジョには、ほとんど理屈がない。 理屈がないと、石膏像の放つニュアンスを描くことになり、これが極めて難しい。  


  石膏デッサンは、そっくり描く練習ではない。 そっくりに描けなくても勉強するところは他にもたくさんあるが、腕を上げれば、上げるほど、そっくりに描きたくなる。 

  そういうもの。

これは、デッサンの落とし穴みたいなもので、デッサンというゲームにはまっていく。 そして、気が付くと、ニュアンスを描くという、まこと、不確かなものを目指してしまう。 


  デッサンで一番の悩みのタネはニュアンスを描くこと。 
ニュアンスは、そのものが放つ 「感じ」 なので、理屈がない。 デッサン作業のほとんどは、理屈で描く。
 理屈があるから描ける。 そう思っていい。 

だから、美大受験のデッサンでも、理屈で描ける範囲の問題しか出さない。 
  それで、ニュアンス性の強い石膏像は、試験には出ない。 合格する者がいなくなるからである。 


  Hさんは、長いこと独学で絵を描いていた経験があり、また、教室に入会してからも、一つづつモチーフをクリアして、自信を付けてきた。 
  そのため、おそらく、デッサンは、粘れば何とかなると思ったのではないかと、想像する。 

  確かに、ある程度の段階では、そういうことも言えるのだが、それ以上の段階も当然あり、その段階では、粘れば何とかなるような甘い世界ではない。 
  世の中、甘いもあり、辛いもある。 粘れば何とかなるものは、結局のところ、甘いと言え、易しいのである。 


  そういう意味で言えば、ジョルジョは、辛い。 粘っても何とかなる保障はない。 
が、それでも、まだ、希望はある。 
  わが教室でジョルジョを描けた人は、過去に一人もいないが、最初の一人になる可能性は、ないこともない。

 
  しかし、そのジョルジョも頭を下げる石膏像が存在する。 最難関と言われるビーナス首像である。 いわゆる、ビーナス。 ビーナスを描いていると、ジョルジョが簡単に思える。


  ビーナスには、理屈がない。 ツルリとした卵形をした上品な石膏像で、一見簡単そうに見えて、その実、掴みどころがない。 メリハリは皆無。 ただただ、品のいい塊としてある。

  つまり、ビーナスは、ニュアンスの塊なのだ。


これを描写できる可能性は、ゼロに近い。 ハッキリ言って、可能性はないと言っていい。 孤高の石膏像なのである。 

  ビーナスは飾るもので、描くものではないとさえ、私は思う。 
世界中の才能を集めても、ビーナスをまともに描ける人は、いないのではないだろうか。 
  あのニュアンスを描けるとしたら、それは人間ワザではない。 理屈が全くないものは、描きようがないからだ。



  私の育った環境では、家にビーナスがいつも置いてあった。 父親である映周先生が、練習用に描くためであったが、いつも同じことを言っていた。 


「ホントに、ビーナスは難しいよなあー!」


  そのため、母親もビーナスが難しいことを知っていた。


家には、石膏像はビーナスが一体あるだけ。 だから、石膏デッサンをしようと思うと、ビーナスを描くしかない。  
  私の妹も絵を描く。 生意気だったが、ビーナスは苦手だった。 
私も生意気だったが、ビーナスは苦手。 
  20才そこそこの私と、まだ、中学に上がったばかりの妹は、それぞれ絵について生意気なことを言い、生意気な態度をとることが多かった。 

  すると、母親は、いつも決まって同じことを言った。


「そんな生意気は、ビーナスが上手く描けてから言いなさい!」



  一瞬で、沈黙した。




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