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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2014・6・17(火)
「ブログ講義」
(絵のこころと芸術の違い)アーカイブー2008年7月31日のブログより

  来週より、いよいよ、会員展出品作品の作品紹介と作者紹介が始まる。 
一回目は、田屋の作品紹介である。 乞うご期待!


  さて、今回は、「絵のこころと芸術の違い」、2008年7月31日のブログからの抜粋であるが、だいぶ書き直した。 
  「絵のこころと芸術の違い」は、私の若い頃の難問だったこと。 いったい、どう違うのか、長きに亘り、悩まされたものである。 
  どう、悩まされ、どういう解答を得たのか、そんな話をしてみよう。
   


私が18才の時に、師匠の映周先生に、謎を掛けられた。
「絵のこころ」という謎掛けである。 

  当時は、明けても暮れてもスケッチばかりをしていた。 スケッチをしろと命じられ、銀座の裸婦クロッキー教室に毎週通うことになったのも、ちょうど、この頃だった。

  そんなある日、絵には、「こころ」というものがある。 と、映周先生が言い出した。 
それが、分かるのは、いつになるか分からないとも言った。 

「絵のこころ?」

  この謎掛けに、その後、ずいぶん、悩まされた。 頭が、芸術という難問で一杯の時に言われたので、芸術のことを言っているのか、それとも、別のことなのか、全く分からなかった。 
  そのうち次第に分かってきたことは、どうやら、芸術とは、別なことらしいということだったが、そこまで分かるのに、10年掛かった。
  当時は、いい絵は芸術性が高いと思っていたので、芸術とは、違う評価があることに納得がいかず、悩みのタネとなっていた。

  絵には「こころ」があるなら、いい絵には、「こころ」があるはず。 それなら、「絵のこころ」イコール芸術なのか? 
  それとも、別々のことで、「絵のこころ」があるいい絵でも、芸術性が低いのもあれば、高いのもあるのか?
  「絵のこころ」があるいい絵が、芸術性は低いことが、実際にあるのだろうか? 

いったい、「絵のこころ」とは、なんぞや?

  この謎掛けは、相当厄介な謎掛けであり、難解を極めた。
 


でも、幸いにして、今は、その違いが分かる。 

  映周先生が言った「絵のこころ」とは、絵を理解する「こころ」のこと。
「絵のこころ」という言葉は、先生のたぶん、オリジナル。 だから、人に聞いても分からない。 そのため、自分で考えるしかなく、分かるまでに時間が掛かってしまった。
  「絵を理解するのは、いつになるか分からない」と、言いたかったのだろう。
私が、このことを言われた時、ちょうど、出来上がった絵を見せた時だったので、そんな、謎掛けをしたのだろうと、今にして思う。 

  肝心なことが分かってない。 と、思ったのだろう。 

しかし、これは、大変な謎掛けで、謎を解いた時は、絵を理解したことになる。 絵を理解したら、少なくとも、絵画教室の先生になれることを意味していた。 理解するとは、そういうこと。 

  では、芸術とは、どう違うのだろうか? 

絵のこころと芸術とは、結びつくのだろうか? 

 
  結論を言えば、「絵のこころ」と「芸術」との違いは、「絵のこころ」には、芸術的要素が含まれていないこと。 
  つまり、「絵のこころ」は、絵を理解することなので、言わば、絵を描くための土台のようなもの。 
  芸術は、その上に建つ建築物のこと。 絵を理解し、芸術を目指すという順番。

他の例えで言うと、「絵のこころ」は、剣術の世界で言う、免許皆伝のこと。 剣を学ぶ者が、修行の成果として、師匠から免許皆伝を頂く。 剣の道に進むものとして、一定のレベルに達した証である。
  同時に、弟子に指導することが出来るという認定証になるのだが、剣客としては、駆け出しである。

  若葉マーク。 

若葉マークが取れ運転者として一人前になっていく。 剣客しかり、絵もしかり。 絵の世界で一人前になり、芸術という泥沼に足を突っ込んで行く。 
  
  若い時分に、私を悩ました様々なことについて、幸いにも、今は、分からないことのほうが少なくなった。 ほとんど、解決済である。 
  したがって、今は、言わば剣客として、腕を磨いているようなものだが、世の中良くしたもので、難問は、次から次へと湧いてくる。 

  謎は、謎を呼ぶ。 

目の前に人参をぶら下げて走る馬に似て、何処までも走らなければならない仕組みになっている。

  そう言えば、映周先生はこんなことも言っていた。

目標は、遠くに置く。 しかし、とりあえずは、目の前の人参を追いかける。


 
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