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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2014・4・8(火)
「グログ講義」
(銃で撃つアート)アーカイブー2008年4月11日のブログより

  さすがに、暖かくなってきた。 
春である。 関東の桜は、さすがにショボクなり、桜前線は、すでに北に向って進行中。 

  教室は、これから様々なイベントを迎える。 まず、4月27日(日)の春の特別教室、5月は、大人コース会員展、7月は、夏の特別教室、8月の納涼祭、10月のキッズコース教室展、11月は、秋の特別教室。 
  忙しくなる。 その上、個人的には、秋の展覧会出品のための制作がある。 

と、考えたら、ちょっと疲れた。 結構、働いてるなー。 

  毎年繰り返される恒例行事。 今年も、4月某日に、また、一つ年を取った。 ○○才。 
  キッズコースの子供たちに、最近、よく年を聞かれる。 

「先生! 年いくつ?」

  この素朴な質問は、子供たちの仕掛けたワナ。 子供は、何気なくワナをかける。まともに答えたら、以後、ズーとジジイー扱いするつもりだ。 
  危険が危ない。 

「子供をなめたら、アカンでエー」



  さて、ブログ講義に移ろう。 

今回は物騒な題である。 「銃で撃つアート」 2008年4月11日のブログからの抜粋である。 
  こういった一見乱暴なやり方をするアートは、実際に存在する。 銃で板を撃つ。

外国漫画で、似たようなものを、以前見たことがある。 それは、板にいくつも五線譜が書かれていて、音楽家らしき人がパイプ片手に拳銃で五線譜に穴を開けているというもの。 
  バーンと撃っては、五線譜を左から順に穴を開ける。 どうやら、作曲の最中らしい。 「銃で撃つアート」を茶化したものかは、不明。

  銃で板を撃つアートも、拳銃で作曲することも、銃という現実的な凶器と芸術とを結びつけたミスマッチに人々の驚きがある。
  漫画の話はともかく、銃で板を撃ち抜いて、果たして芸術に成り得るかということは、どう思われるだろうか?

  こういうアートは現代美術に属するが、芸術に成り得るかと言えば、成り得ると答える。

  そこで、現代美術について少しご説明しよう。 

何を以って、現代美術かといえば、少なくとも初めは、美の拒絶であった。 ヨーロッパ美術に代表される限りない「美」の追求に終止符を打つべく誕生したのが、現代美術であった。

  「美」の追求を止めたら、それに変わるものは一体何か?

端的に言って、「インパクト」である。 ヨーロッパ美術は、「美」をインパクトとして捉えた。 「美」のインパクト。 
  しかし、構造的には、「美」+「インパクト」であり、現代美術は、「美」を取り払って、「インパクト」に焦点を当てた。 

  そもそも、芸術とは、人にいい意味での衝撃を与えるためにある。 いい意味での衝撃を与えるものの内、最高のものを名画と言った。 逆に衝撃を与えることが出来ない絵を駄作と呼ぶ。

  人に衝撃を与えることが出来る者を、才能があると言い、衝撃を与えることが出来ない者を、才能がないと言う。

  つまり、芸術または、軽く言ってアートはすべからく今も昔も、インパクトと共にある。
  そのインパクトから「美」という基準を切り離すと、インパクトは一人歩きし、人々の受ける衝撃は、いい意味にも、悪い意味にもなっていく。

  悪い意味の代表がブラックアートで、汚いこと、気味悪いこと、臭いこと、生理的悪漢を誘発すること等々、インパクトの限りを尽くす。 人々が一番嫌うことであるが、芸術的論理でいくと、これもありになる。

  この、ブラックアートは、「美」を取り外した反動で、正反対に飛び火して出現したものであるが、未だにやっている人がいて、賛否両論、結論が出ていない。

  別に露悪的な傾向に行かなくとも、衝撃は他にもある。 銃で板を撃つアートもその一つであるが、これも一つ間違えて、打つ場所を整理して狙い撃ったら、まともな絵と同じになってしまい、ただ、支持体が板だったというオチが付く。

  やはり、拳銃や散弾銃で撃つのであるから、銃の持つ衝撃度、恐怖が表現される必要があるだろう。

  さて、現代美術でも「美」を引き継いでいる者もいる。 「いい意味」での衝撃の中にこういったものも含まれている。 「美」とは言わず、心地よい衝撃とでも言おうか、「美」を屑かごの中から拾い出して、画面に所々、貼り付けている感じである。

  ここら辺から、現代美術が混沌としてくる。 
完全に「美」とは、おさらばして、論理性だけを追求する者。 ひたすらインパクトのみに終始する者。 心地よいインパクトを目指す者。 
  またしても、露悪的なものに終始する者、など、色々なため、現代美術の定義がどこにあるのか、混沌としたまま継続中である。

  そのため、分からなくなったら、大雑把に、古典的でないものを一括りして、現代美術と言っちゃえと思っても、半分以上は当たっているので恐ろしい。


  さて、話を戻そう。 

「銃で撃つアート」が意味することは何であろうか? 

  銃の持つ衝撃度、また、その恐怖を表現すること。 着眼点が新しいこと。 そこまでは、とりあえず考えられる。 
  この場合は、板に撃っているが、人の住んでいないボロ屋を、散弾銃で滅多撃ちにして、超ボロ屋にするのもありだろう。 板に撃つことを、パワーアップすれば、そのくらいのことは思い付く。

  銃を板に向かって撃って、芸術とする。 それなら、ボロ屋を超ボロ屋にしても芸術となる。 インパクトに焦点を当てれば、何でも考えられる。 
  が、インパクトを与えるためには、アイデアが必要。 アイデアがないと、インパクトは作り出せない。 
  それで、現代美術の共通認識には、アイデアを非常に重視する傾向がある。 
これも、現代美術の一つの定義かもしれない。 

  つまり、19世紀美術にも、当然アイデアはあったが、その量は、少なくて済んだ。 「美」を作り出すための錬金術があったために、作品の濃密性は、少ないアイデアでも維持できたのである。 

  しかし、「美」を取り除いたために、錬金術をも込みで取り払われると、それに代わるインパクトを膨らませないと作品として成立しなくなる。 そのインパクトを膨らます基がアイデアになった。 
  そのため、アイデア頼みの作品が、良くも悪くも横行するようになった。

「銃で撃つアート」は、芸術論理で考えると、芸術になり得る。 なり得るとは可能性の問題で、なるとは断言できない。 なるかもしれないということ。
 


  このような、混沌とした現代美術が横行する中、19世紀美術は、今現在でも、美術の基本概念として健在である。 
  なぜなら、美術的思想が確定しているから。 そのため、大変分かりやすい。 20世紀初頭の抽象画も確定しているので、これも分かりやすい。 
  したがって、いわゆる抽象画を現代美術扱いすることは、ただ、単に認識不足だと言える。 

  わが教室でも、19世紀美術を基本として指導している。 確定したことは、教えやすいということ。 どこの絵画教室でも、これは、同じ。

  しかし、私にとって、19世紀美術は、古典であり、そのまま継承することの意味は見付からない。
  古典は、古典であり、そこから学ぶことは大きいが、そのあとに従っても、意味はない。 
  
  そう考えると、銃で板をバンバン撃ったり、機関銃で廃屋を滅多撃ちすることは、19世紀の美術思想から遠く離れ過ぎて、人によっては、全く意味が分からないと言うかもしれない。 
  しかし、抽象画が出現した時の人々の戸惑いも同じようなもの。 全く意味が分からないと、皆が言ったことだろう。 

  美術史にその位置が確定するまで、人々に揶揄され、非難される。 美術はそうやって前に進んできた。 
  もし、その滅多撃ちされた廃屋をそのまま美術館に展示したら、一体、人々は、どういう反応を示すだろうか?

分からないと言うだろうか? それとも、とてつもない恐怖を感じるだろうか? 

  その反応の先に、実は、新しい美術が見え隠れしている。 
もはや、美は芸術の必要要素ではない。 人間の感情をベースにして、技術的に操作されたものの総称を芸術と呼ぶ。  それが、現代的な芸術の解釈だと思う。 

  したがって、銃で板を撃とうが、車で壁に突っ込もうが、全て、皆、芸術になり得る。 
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

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