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プロフィール |
Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。 画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。 「西船絵画教室アート21 アート21研究所」 http://www.art21japan.jp/
南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
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<教室日記>2014・3・11(火) |
「ブログ講義」 (栄養の取り方)アーカイブー2009年4月1日のブログより
土曜キッズにMちゃんという高校1年の女の子がいる。 何回か、ご紹介したことがあるが、小学1年から通う子で、もう在籍年数は、10年目を迎える。 教室のあるマンションの裏手に家があるため、近いことが長く続いた理由だろう。 それに母親の一言もある。 何も続いたものがないから、せめて、絵の教室は長く続けなさいと言われたらしい。
そのMちゃんは、なぜか、よく眠る。 金曜日の午後10時に寝て、起きたのが、土曜キッズ教室のある午後1時直前だったと、平然と言う。 他の子は呆れる。 「そんなに寝て、頭おかしくならない?」
と、中学1年生のHちゃんが言う。 Hちゃんも小学1年から来ている女の子で、7年目。 Mちゃんとは、もう長い付き合いで、年は違うが仲がいい。
「まだ、眠たい!」
と、Mちゃんが言うと、黙って笑っている。
一度、西船橋駅南口のラーメン店で、Mちゃんのオトーサン・オカーサンと出会ったことがある。
「ウチのMは、一日中寝てますよ。 一日中!」
そう、オトー様が言っていた。
Mちゃんは、時間通りに来たことがない。 今日は休みかなと思い始めると、来たりする。 高校生なので、確認のメールはしない。 お休みするメールが来ることもあり、黙って休むこともある。
なかなか、Mちゃんが現れないと、いつもきまって、Hちゃんが言う。
「先生! Mちゃんに電話して、Mちゃん、起こして!」
しかし、時々、起きていることもある。 土曜日に友達とデイズニーランドに行った時は、メールしてきた。
「今日、休む」
簡潔なメールだ。 あまりにも簡潔なので、Hちゃんに見せたら、大笑いしていた。
Mちゃんは、高校3年間は来ると言っている。
「でも、先生が変わったら、私、辞める」
私の弟子の橋崎君に、ゆくゆくは、キッズコースを任せようかと考えていると、話した時である。 Mちゃんは、私のペースに慣れている。 今更、新しい先生のやり方に付いて行く気はないのだろう。 しかし、それも先の話で、少なくともMちゃんが、高校を卒業するまでは、私がやっているだろう。
でも、まあ、10年とは、よく通ったもんだ。 Mちゃんは大人教室には、全く興味を示さず、キッズ教室のままを希望した。 今では、さすがに、小学生と同じメニューではなく、好きにやらせている。 今は、ワリバシで家を建築中。 ワリバシで作る一戸建てのミニチュアといったところ。 さすがに、小学生が作るようなものとは違い、本格的であるが、時々、キッズのメニューもやることがある。
昨年だったか、キッズの教室展出品のために、アイデア漢字を描かせたことがあった。 アイデア漢字とは、漢字の意味を変えずにアレンジするもの。 例えば、「葉」という漢字だったら、ヨコの線が、枝になったり葉っぱになったり。 小学1年生から始めるメニューで、キッズの教室展では、親御さん達に、面白いと好評である。
高校生にやらせるようなものではなく、お子様向けのメニューであるが、久しぶりに、やったらと誘ってみた。 当然、漢字もたくさん知っているだろうし、それに、少しは、高校生らしいアイデアもあるのではないかと、期待した。
そんな、ある日、Mちゃんが教室に来て言った。
「先生! おかーさんがネ。 この前、今は教室で何やってるの? って、聞くのよ」
「アイデア漢字!」
「って、言ったら、爆笑してた」
「ズーと、そんなことをやってるんだと、思ったんだね」
さて、ブログ講義を始めよう。 今回は、「栄養の取り方」 2009年4月1日のブログからの抜粋だ。
栄養の取り方といっても、食べ物の話ではない。 絵の話である。
自分の絵に栄養が足りている、足りていないという話。 栄養が足りていないなら、取る必要がある。 そういう話をしてみよう。
絵を描くという行為は、出力するということ。 アウトプット。 頭の中から絵を引っ張り出すということ。 そんなこと考えたこともないと、思うかもしれないが、事実、絵は頭の中から出てくる。 モチーフを置いて、それをそのまま描いたとしても、同じこと。
モチーフを目が見て、その情報を脳に送り、脳でモチーフを判別する。 どう描くかは、脳次第である。 脳がモチーフのカタチやニュアンスを打ち出す。 つまり、アウトプットして初めて描ける。
脳が打ち出すなら、脳にあらかじめ、何らかの蓄積があるかどうかは、絵に大きく影響することは、言うまでもない。
それでは、その蓄積をいかにしてするか?
つまり、栄養をいかにして摂るか。 人体が必要とする栄養素と同じで、一種類ではない。 何種類もの栄養が必要であり、それらを摂取することにより、絵を描くという行為が、初めて順調に機能する。
ただ、人体における栄養学ほど、絵の場合の栄養学は開拓されてない。 まずもって、未開拓と言っていい。 皆、各人各様で好きにやっているのが、現状である。 また、描く絵によっても必要な栄養素が違う。 例えば、油絵のような総合的な栄養を必要とするものは、栄養素が必ずしも絵の世界にあるとは限らない。
私の経験で言うと、まず、テレビ・映画などの視覚的なものは栄養がある。 本を読むこと、音楽を聴くことも栄養があると考えられる。 車でのドライブも結構栄養がある。 景色が変わるので、栄養と言うより、この場合、アイデアが浮かびやすい。
意外と栄養がないのが、スポーツ。 汗を流して気分転換したところで、オシマイ。 ゲームも栄養なし。 パチンコやマージャンは、まずもって、さらさらない。
また、居酒屋の親睦も栄養がない。 絵の話のための親睦なら別だが、単なる与太話では、100%気分転換。 昔の知り合いで、栄養の摂取を理由に飲み歩いている者がいた。 絵も描かずに気分転換していたのでは、まあ、無意味としか言いようがない。
例えば、音楽から学んだことがある。 ジャズが好きでよく聴くが、サクソフォンを吹くところで、気が付いたことがある。 曲の吹き出しで、「プッ プー」とサックス奏者が吹く。 出だしで、まず、軽く一度吹いてから、続いて吹き出す。 つまり、二度吹きする。 これは良くある吹き方であるが、どうして「 プー 」と最初の一音だけで、吹き出さないのか考えた。 もちろん、「プッ プー」は、毎度ではないが、何を意味するのだろうか考えた末、思い着いたのは、曲の吹き出しを柔らかくすること、変化、そして「振り」である。
この「振り」というのは、唐突さを出さないための工夫である。 絵は、この「振り」が大切。 まず一つ振る。 それが大切であると、音楽を聴いていて再認識した。 「プッ プー」は、サックス的には、どうなのか知らない。 そんなことは、大ハズレでもいい。 何によってヒントを得、どう考えたかが、重要なのである。
皆、それぞれ栄養の取り方は、様々だと思う。 普段の生活の中に、絵のヒントや、栄養があるかもしれない。
そう考えよう。 そう考えるだけでも、人生が豊かになるような気がする。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術
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