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プロフィール |
Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。 画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。 「西船絵画教室アート21 アート21研究所」 http://www.art21japan.jp/
南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
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<教室日記>2014・3・4(火) |
「ブログ講義」 (勘で描く、理屈で描く)アーカイブー2008年6月12日のブログより
すでに3月。 早い! 昨日の月曜日は、教室休講日なので、色々と普段できない買い物などをすることが多い。 用事を書き出したら、14もあった。 買い物は15。 これは、結構忙しい。
日曜日は、基本的に二日酔いの日。 だいたい、いつも二日酔い。 飲み会がない日は、自宅で飲む。 西船に引っ越して来た当初は、面白がって、近くを探索したが、最近は面倒になり、自宅で飲むようになった。 酔っ払っても問題ない。
二日酔いは、午後5時から見る、ケーブルテレビの「鬼平」の時間までには、たいてい回復する。 「鬼平」は、劇中、よくお酒を飲むシーンが多い。 だから、「鬼平」に合わせて、また、ビールを飲み出す。 そのまま、食前酒になり、夕食。 教室のある普段の日は、飲む量が決まっている。 夕食時に飲み、そのあと、午前0時過ぎに飲み出すが、一定量以上は飲まない。 どのくらい飲むと、酒が翌日残るか分かっている。 一定量とは、授業のある時間までに酒が抜ける量のこと。 その方面では、長年培ってきた経験がものを言う。
わが肝臓のアルコール分解速度の分析は、若き日からの研究テーマであり、研究成果を今に生かしている。 なんでも研究である。
そういえば、大学時代、カンニングの研究をしていた。 大学1年の時、英語の試験があった。 英語の試験は、いつでも嫌な感じがするものだが、親切な(?)教授がいて、教科書持込みで良かった。 これは、助かる。 カンニングし放題を意味する。 教授は、黒板前の机から動かなかったので、言わば、公認のカンニング。 いい人だ。
私は、早速、自前の教科書を作った。 実は、教科書は持っていなかった。 親に貰った教科書購入費用は、タバコ代と喫茶店代で消えていた。
友達の教科書をコピーし、試験範囲の英語版を作り、その後ろに、やはり、友達が訳した日本語版をくっつけて、一冊の教科書とした。 教科書の厚みを調整し、表紙と裏表紙は模写した。 絵の技術が役に立つ。 こういう作業は熱が入る。
教科書に薄いカバーをかけると、表紙が透けて見え、本物っぽい。 あとは、英語版の各段落ごとに番号を振り、その日本語訳の箇所に同じ番号を振り完成。
試験中は時間が余り、提出して外に出ようとしたら、隣に座っていた女の子が、私の足を突っつく。 貸してくれという意味。
おかげで、その子も私も貴重な 「優」 をゲットした。
さて、「カンニングして書く」の次は、「勘で描く、理屈で描く」。 今回のグログ講義の題である。 2008年6月12日のブログからなので、もう6年くらい前になる。
この題を、感覚で描く、理屈で描くと読んではいけない。
感覚ではなく、勘である。 勘というものは、経験から来るもので、不確定要素の強いものである。 感覚は、感じたもの若しくは、感じるものなので、紛れもない確定要素。 勘のような、不確かなものではない。
では、この不確かな勘で描くとはどういうことか?
様々な制作は、様々な経験を生む。 特に失敗の経験は、脳裏に焼きつく。 脳裏にはこの焼きつきが何十何百とある。 それが、制作のある状況下で、危険信号を発する。
また失敗するぞという危険信号である。 この危険信号は、同時に失敗しないための、信号にもなる。これが、勘である。
勘で絵を描くとは、失敗しないための描き方。 確実性がないため、また失敗してしまうこともあるが、より多くの失敗は、確実性を高めるのに役に立つ。
油絵などのタフな描き方はいいが、水彩のような崖っぷちを歩くような作業の時は、勘が働くと、ありがたい。 絵の制作は、ワナだらけの所を歩くようなことが、しばしばある。 崖っぷちとは、このワナのそばを通る時の話で、一つ間違えると、ストンと落ちる。
例えば、絵全体の明度が一辺に下がるとか、クドくなるとか、似たような色の配色にいきなりなるとか、予想外の画面にいきなりなることを、ワナにはまるという。 直せる場合もあるが、たいていの場合は、厄介である。 こういう状況を避けるのは、感覚ではどうにもならない。 勘である。 勘は、ワナ発見器の役割をする。
しかし、ワナを見つけただけでは、制作は先に進まない。 勘でワナを発見したら、その先は、理屈が登場する。 じっくりと考える。
ちなみに、絵に理屈は、いらないと馬鹿なことをいう人がいるが、これは、極論で、そう言っているだけで、実際的ではない。 そういう理想を言いたいのであろうが、99%の人間には縁のない話である。 理屈を省いたら、絵にはならない。 少なくとも、絵の巨匠たちは、理詰めである。 ピカソですら、理屈を抜いたら絵は描けないだろう。
したがって、考える時には、心置きなく考えよう。 どうしたらワナを避けながら、絵を仕上げられるか。 これも経験で、結論が間違っていたら脳裏の焼きつきが、また一つ増えるだけ。 肝を据えれば、どうってことはない。 まあ、制作で、一番大事なことは、失敗を恐れないことになる。 失敗を恐れなければ、いずれなんとかなる。 そう考えよう。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術
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