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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2014・2・11(火
(ブログ講義)
(教科書は一つ)

  先週土曜の雪は、すごかった。 予報どおり大雪。 
土曜日は、毎週忙しいのだが、8日の土曜は違った。 午前の大人教室は、予約で満員だったが、受講したのは3人。 キャンセルが相次ぐ。 

  午後1時からのキッズ教室も似たようなもの。 1時から4時までの二コマで、6人。 普段は、20人来る。
  小学校の運動会シーズンは欠席者が多いが、これほど閑散としない。 おかげでのんびりできた。

  午後4時からの大人教室も、満員だったが、来たのは3人。 やはり、キャンセルの山。 
  午後7時。 受講が終了した者が、帰ろうか迷っている。 外は、音が聞こえるほどの吹雪。 
  教室の冷蔵庫には、なぜかこの日、ビールが何本か冷やしてある。 これを、4人で飲み出した。
  他愛もない談笑は、時間知らず。 結局、午前0時近くまで懇談。 帰りは、下だけを見つめながら帰った。 雪の日は、下が肝心。 普通に歩くと、すっころぶ。
  

  教室休みの日曜日に、自宅近くのセレクションに行った。 
JR西船橋駅南口から歩いて2分位にあるスーパーである。 この日は、車で買い物があり、女房殿に、ついでにセレクションでの買い物を頼まれた。 
  セレクションは、2階に駐車場があり、入り口で駐車券の発行を受ける。 

  レジで、その駐車券を出すと、1時間の無料駐車券をくれる。 しかし、500円以上の制約付。
  ところが、買い物をしてみると、500円に63円足りず、レジの人が無料駐車券をくれない。 
  
「マイッたなア―!」 と思った。 

  駐車代を払うより63円以上のものを買うほうが安い。 あとで、駐車場を出る時に分かったが、駐車代金は500円だった。 
  しょうがないので、野菜コーナーをうろついていたら、50代とおぼしきおば様が、私のほうにやって来る。 レシートを差し出す。 

  意味が分からず、

「私の落し物ではないですよ」  と、返事した。

「いや、そうではなくて、500円以上のレシートが必要なんでしょ」 と、おば様が言った。

  それで、やっと理解した。 そのおば様は、親切にも自分のレシートで、無料駐車券を貰えと言っている。 1600円を超えたレシート。 十分!
  驚いた! 世の中には親切な人がいる。 千葉だからだろうか? 


そういえば、以前のこと。 木下街道(きおろしかいどう)を雨の日に歩いていたことがある。 
  木下街道は狭い道路である。 両脇の歩道も狭い。 その上、所々冠水する。 それが結構深い。 
  道路幅が狭いので、道路側に飛び出て避けることができない。 

  水溜りに足を突っ込むか、迷って立ち往生した。 
そんな時、横にバスが停まった。 停車場所ではないのにドアが開き、運転手さんが手招きしている。

「そこまで、乗りな」

  次の停車場所まで、乗せてくれた。 タダ乗り。 

「千葉だア――!!」  と、思った。

  私は、都内から引っ越して来たが、都内では絶対にありえない。 
親切が、ありがたかった。  「千葉だア――!!」

  
  さて、ブログ講義の話をしよう。 
今回の話は、ブログ講義というより、エピソードで書いたような気がする。 
  ふと、思い出したので、今回は、この話にする。 「教科書は、一つでいい」
では、始めよう。 


  教科書は一つでいい。 
これは、絵の話。 絵の話だが、どうも色々な世界の共通認識のようだ。 
  私が、ちょうど二十才の時に、一ツ橋大学に通っている同じ年の大学生に尋ねたことがある。 

「どういう受験勉強をしたの?」

  彼は答えた。 

「参考書は一つでいい」
「参考書をあれこれ選んだり、何冊も買う人がいるが、愚かなことだ」

  と。 
そして、

「本屋に行ったら、どれでもいいから一つ選べばいい」
「それを、徹底的に勉強すれば、おのずと足りないところが分かってくる」
「それから、それを補ってくれる参考書を買えばいい」

  このコメントに当時の私は、ひどく驚いた。
頭のいい方法である。 それに、それだけの見識を持っている若干二十才の若者に、畏敬の念を抱いた。

  ところが、世の中には、これと全く逆な話もある。 
2年くらい前に、わずか3ケ月くらい、わが教室に在籍した人の話。 
  その男の人は、油彩画で入会したが、経験はほとんどなし。 年は、60代半ばで、すでに仕事はリタイアしていたが、英語が達者で、仕事柄世界を飛び回っていたらしい。 
  頭の回転が速く、洞察力もありそう。 

しかし、残念なことに、このタイプはあまり絵には向かなかったようだ。 なぜなら、物事を始めるに当たって、理屈から入るクセが身に付いていたから。 
  
  まず、知識と考えたようだ。 知識を身に付けよう。 知識武装してから実践と考えたらしい。 何となく、理屈で考えると有効な手段に思える。 
  頭が良いため、今までやってきた仕事の手順を絵の世界に当てはめたのだろう。 
  それで、そういうアプローチで望んだ。 それが、ワナとも知らず、自分から飛び込んでしまった。 

  私の過去のブログ講義が、いつでも閲覧できることを知ると、片っ端から読んだらしい。 その上、あれこれと絵の関係書、技法書を読んだとのこと。 だから、わずかな期間に頭の中は、知識でいっぱいなった。 

  さて、これがなぜワナなのか? 

答えは簡単。 

  絵は感じるもの。 まず感じて、それから理屈が登場する。 当たり前のこと。 
理屈が先行すると、羅針盤なくして航海に出るようなもの。 どこに流れ着くか、全く分からない。 
  絵の世界も広い海のように広大である。 絵を描こうとする者が、この広大の領域をくまなく知り尽くす必要はない。 自分の興味のある領域を知っているだけで十分。 

  「感じる」ことを差し置いて、知識を詰め込むと、広大な領域を知るのに役立つかもしれないが、自分を見失う。 
  その60代の人は、もっと、もっとの想いからか、他の教科書を求めて、結局、教室を辞めて行った。 知識が先行し、「感じる」ことは、置いてきぼりを食った。 自分を見失ったのである。

  つまり、「感じる」ことは、羅針盤の役目をする。 必要でない所に漂着しないように、見張っていてくれる。 
  感じて、経験し、考える。 これが順番というもの。 そして、この航海に必要なものは地図。
  地図がないと、自分がどこにいるのか分からない。 だから、信頼できる地図は一つでいい。 一つあれば十分。 
  この地図が、絵の世界でいう教科書のこと。

   
わが教室の教科書は、私のアドバイス。 私のアドバイスを信じ、絵を描けばいい。 
  そのうち、経験し知識が身に付けば、私の足りない所が見えてくる時があるかもしれない。 そしたら、それを他で補えばいい。 

  私は、師匠の映周先生の言葉を信じ、学んできた。 そして、映周先生の足りないところを他で補った。 それは、他を信じたのではない。 隙間を埋めただけである。 

  20才の時、このことを、その一ツ橋大学の学生に教わった。
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テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術

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