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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子、伊藤悠里子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2014・1・21(火)
<ブログ講義>
「デッサンが上手く描けない」アーカイブー2007年12月14日のブログより

  冬は、いい天気が続くので、気持ちがいい。 寒いので、せめて天気は良くありたいわけだ。 
  そういう意味では、雪の日が続く北国は大変だなと思う。 

関東以外で暮らしたことがないので、北国の人の気持ちは分からない。 ただ、言えることは、北国の人は辛抱強い人が多い。 今までの経験から言える。 これは、何となく分かる。 

  今週の土曜日は、西船「百花亭」で、大人教室の新年会がある。 参加希望者は、30人を超えた。
  5月末開催の会員展のオープニングパーテイーは、40人を超す。 私が全作品を講評するため、人気が高く、年々参加者が増える。 
  もっとも絵画教室らしい親睦会だからだろう。 それで、人数が多い。 
  
8月初旬開催の納涼祭も参加者が多い。 キッズ教室との合同イベントでもあるため、これも、毎年40人を超す。 
  これは、お祭りだから。 アート21祭り。 子供も大人も楽しめるように、趣向を凝らす。 それで人気が高い。

  しかし、新年会は純粋な飲み会。 料理とお酒に興味のない人は来ない。 それで、昨年までは、20人ちょっとの参加者が常だったが、今年は違った。 30人を超える。 
  昨年の入会者が、10人くらい含まれるので、料理とお酒に興味がある人が多く入会したということになる。
  何となく可笑しい。 そういえば、そんなメンバーだ。 


さて、先週よりアーカイブ編ということで、以前書いた記事をご紹介している。 私が選別した記事だけでも、半年分ある。 
  5月末の会員展後には、作者紹介として、また、作品と作者を紹介する予定なので、それまでは、アーカイブ編を中心としてご紹介。 作者紹介が終わったら、アーカイブ編の残りを続ける予定。 
  時々、キッズ教室のことや、大人教室のことも挟むので、お楽しみに。 まあ、とりあえず、来週は、「アート21新年会」報告かな。 

  絵を描くことと、文章を書くことは、全く違うので、ブログ記事は、私のいい気分転換になっている。 今や、趣味の一つ。 時間のある方は、お付き合い願えるとありがたい。
  では、今回のテーマ 「デッサンが上手く描けない」 をご紹介する。


初めて、デッサンをする人で、もののカタチがとれるかどうかは、個人差がある。

  初めてということは、学校以来という意味である。 この個人差が、年齢が高い低いと、余り関係ないので、不思議に思う。
  年齢が高い人は、学校以来の年数も長くなるので、若い人より、上手く描けないなら、理屈に合うが、これが、そうでもない。 得手、不得手の、話として考えることになりそうだ。 

  もののカタチがとれないのには、理由があるはずだ。 やはり、得手の人も、不得手の人も、個人差はあるといっても、最初から、そうは描けない。
  手が描くのではなく、頭の情報で描くからである。 頭の中に描くものの情報がなければ、描きようがない。
  
  わが教室では、初心者の鉛筆デッサンは、ボトルを描いてもらう。 お酒のボトル。 お酒を飲まない人でも、見たことはあるだろうから、いざ、描く段になったら、スタートは、皆一緒ということになる。

  差がつくとしたら、カタチに対する認識の早さしかない。 それを、得手、不得手という言い方をする。 これは、どういうことかと言えば、カタチに対する認識の遅い人が、デッサンが上手く描けない、と、言っていることになる。
  さらに、続けると、カタチに対する認識が遅いなら、いつかは、描けるということ。 デッサンが上手く描けないのではない、上手く描くのに時間が掛かるだけである。

  デッサンは、どう身に付けるかが大事。 デッサンが上手く描けない人は、カタチに対する認識が遅いわけだから、カタチを見る目がしっかり身に付くよう、ゆっくり構えることだ。 
  カタチを見る目がしっかり身に付くこと、しっかりとした濃淡調整が身に付くこと、それが結果的に大事なこと。 だから、慌てず、騒がず、ゆっくり進むのが正解。


  さて、デッサンをしている人に逆の話をしてしまうが、実は、絵は、デッサンが全てではないという話を一つ。
 
  わが教室で、Kさんという60才代の男性が、デッサンをしていたことがある。 デッサンをしている人の、上手さのランク付けをしたら、おそらく下から数えたほうが早いだろう。 まあ、あまり上手いとは言えないわけだ。 
  だが、この人が、油絵を描くと、なぜか光り輝く。

だいぶ前のある年の教室展での話。 技術的に優れた絵がたくさんある中で、私の個人的意見は、Kさんの絵に、まず、一票と思ったことがある。
 
  その年に出品したKさんの絵は、実に良かった。 絵が柔らかく、デッサンが絵を邪魔しないので、実に、素直に絵を見ることができた。 理想的な絵の見せ方だった。

  絵とは、実に不思議な世界である。 不得手なものを、武器にすることができる。 絵の世界では、優等生こそ、問題児となる。
 
  その年の発表会で、ちょうどKさんと正反対の人がいた。 なんでも描けるベテラン女性が出品していた。 
  しかし、水彩画のデッサンが出来過ぎていて、絵がガチガチだった。 他の生徒さん達は、なぜか、そのガチガチの絵のデッサン力を褒めて、「上手い人だ」 と、言っているが、私は、展示会中ヒヤヒヤした。 

「こんな絵を飾っているようでは、この絵画教室も知れてるな」 

  と言う声が、聞こえて来るようであった。
 
入会したばかりの人なので、展示している絵は、教室で制作したものではない。 しかし、ベテランであったので、過去の作品もたくさん持って来るように言ったのは、この私。 展示しない訳には、いかなかった。 
  計算違い。 マイッたのである。
 
せめてもの救いは、わが師匠の映周先生が来なかったこと。 武蔵野市在住なため、来るはずもないが、来たら怒られる。
  結局、発表会後、その人には注意し、絵に対する考え違いを正した。 

デッサンが上手く描けないなら、のんびりやろう。 デッサンが上手く描けるので、自分は絵が上手いと勘違いしてるより、数段健康的である。 
  デッサンはデッサン、絵は絵なので、これは完全な勘違いだが、結構こういう人は多い。 こういう人が描く絵は、勘違い絵として不健康おびただしい。

  絵の世界にも健康、不健康はある。 私は、そういう意味では、絵のドクターと言えるかもしれない。
  皆を健康にするのが私の仕事。 まず、人は健康であること。 そこから全てが始まる。 

「デッサンが上手く描けない?」

「イーですよ! 少なくとも、至って健康です」
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