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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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アート徒然日記 ‘10/02/09(火)
<高齢者の集い>

   西船教室の他、二ケ所に絵の指導に行っている。

「高齢者の集い」である。 私はそこで、絵手紙・水彩・油絵を指導している。 市川と浦安に午前の月2回、そういう施設に通っている。
   長い人で、もう7年目という方たちがいる。お亡くなりになった方もおり、長いお付き合いとなりつつある。 
 
当然のことながら年齢は皆さん高めであるし、一番高い人で、九十歳は超えている方がいる。 私のお袋さんより高いことになる。 

しかし、いつも思うことであるが、皆元気な人達である。 なぜ、皆あんなにも元気なのかなと、思ったりもする。

これが不思議でならない。  

西船教室に九十歳は超えている会員はいない。 八十歳になった方はいたが、高齢を理由に辞めた。
   教室では最高年齢であるので当然の気もするが、 はたしてこの方が、私の行っている「高齢者の集い」の方だったらどうであろうかと考えてしまう。

   その方は男性で奥方に先立たれ、息子さん夫婦とは別居して、船橋で一人暮らしである。 いずれ息子さんに、ご厄介になることを予感しているようなことは言っていたが、 一人暮らしの煩わしさを逃れたら、急速に老いることを、心配していた。 
   私のような若者(?)には、分からない実生活面での不都合があるのは、想像できる。

しかし、環境の及ぼす影響もある。 つまり同じお年寄りの中に入ったら、どうであろうか。
   そんなことは言ってなれないのではないか。 毎日そういった方々と一緒に過ごすのである。
自分が年寄りであるとは言ってられない。 上には上がいる。 そうなると、年寄りだという認識ではなく、自分は誰々さんより若いという認識に変わることは、容易に想像できる。
 そうなると、これは競争である。 誰々さんよりも、あの人よりもという競争意識は、情熱を呼ぶことになる。 そして情熱は、常に若さを生む。 

私が行っている「高齢者の集い」の方々が、元気なのは、そういうことなのかもしれない。
例え、競争意識がないにしても、若くありたいとする情熱には変わりあるまい。 

「老い」は誰にでも平等にやって来る宿命である。 それに逆らって、「まだまだ!」と抵抗する気持ちがあってこそ、生命は持続する。
人が常に言うように、気持ちの持ち方だと思う。 


人生は、生きることに意味がある。 死ぬことに意味はない。 なぜなら人は必ず死ぬからである。
   必ず死ぬのであるなら、必ずやって来るものに目を向けるのは、愚かなことである。
限界のある生命に目を向けてこそ、意味があると私は思う。

   生意気を言っていることは、分かっている。しかしいつの年代においても、下の者の指摘は、半分は当たっている。 後の半分は、なってみないと分からないことであるし、分からない人間の指摘は表層的な指摘、または論理的指摘となり、実体を把握するまでには当然至らぬ。

   そんなことは分かっているが、これからそういう境遇を迎える者にも、予想と対策はあってしかるべきである。

   「高齢者の集い」で私が学ぶことは多い。 いずれ私もその仲間に入ることは、間違いない。
それなら、予想と対策を考えて、安易に年を受け入れることはよそう。 ジタバタしたい。ジタバタして若さを強調しようではないか。 どうせ年代物は、傷むことは避けられない。 そんなことを話題にして何の意味もない。 

   実際に「高齢者の集い」に行って、実践している方々を見るにつけ、元気にしている姿勢を見るにつけ、何が大事か、一目瞭然である。 

   人生において何が大事であるか?

達観することではない。 達観は逃避である。 人間にとって、達観とは自分を癒すための言い訳に過ぎない。 人間は、達観するまでの充分な時間が来る前に寿命が来てしまう。 それが人間の宿命である。 したがって、人生において達観したというのは、うそになると私は考える。 
   お年寄りを見れば、一目瞭然である。 本当に達観したお年寄りにあったことはない。

人生において大事なことは、元気でいようと思う気持ちである。 精神的な若さを保とうと思う気持ちである。生きようとする気持ちである。

   いずれ平等に死は訪れる。 それは絶対の約束事として訪れる。 生命の限界である。 だから、その時になって諦めれば丁度良い。
   


田屋のアート講義は、‘09/4/23(木)を以って終了しました。

「研究所レベル」・「大人コース(中・上級)レベル」・「大人コース(初級)レベル」・「キッズコース」・「高齢者のための絵画指導」の五講義(各60テーマ)は、左欄のカテゴリーで、閲覧出来ます。
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