アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子、伊藤悠里子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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子供のカタチの取り方 <キッズコース> ‘09/3/24(火)
   子供の子供の絵を見ていて、思うことがある。

カタチは、どうやって認識しているのだろうかと。カタチに対する理屈はあるのだろうか。
   今回はそんなことを書いてみよう。

小学校以前の子は、特に5才以下は、ほとんど形に対する認識はないと言っていい。5才の女の子に、ウサギとカメの絵本を写させたら、ウサギの耳が短く、顔も丸いのでネコのようなウサギを描いた。
   カメは、意味不明であった。顔の大きさと胴体の大きさの比率に格段の差がある。胴体が小さく、足は、難解な付き方をしている。

   これは、どういうことかと言えば、ウサギの形状を問題にした描き方では、ないのであろう。
   もちろん、上手く描けない技術的な面はあるが、本人がウサギと思えば、ウサギなのであろうと思われる。カメもそうである。

   大人が見て、すぐにカメと分かるカタチでなくとも、本人にとっては、意味不明な線にも、ちゃんと理由がある。カタチではなく、印象を描いていると言えば、当たっていると思う。
   幼児の絵も、詰まるところ自己表現ではあるが、人に見せるための伝達表現ではない。
   自分が分かれば、それでいいのであろう。結果的に、自分だけに分かる印象を描いていることになる。それで、分かりづらい。

   それが、幼児の描き方だろう。カタチを追うのではなく、印象を追う。だから、カタチの理屈は、幼児にはない。

   ここで、そもそもカタチの理屈とは、何かを説明しておこう。
これは、カタチに対する認識をどう認識するかということである。
   つまり、丸いもの、四角いもの、三角というように、単純なカタチに置き換えて認識出来るかと言うことである。

   これは、カタチを掴む時の基本的な要領であるが、これをしないで、見たままを描くとなると、相当難易度が上がってしまう。
   
   要領なので、考え方の問題であるが、それを小学生がするかと言えば、まず、しないだろう。そういう描き方を、まず、見たことがない。見たままを描くと言っていいだろう。

   小学6年生辺りで、どうも全体把握(カタチに対する認識)をしている子は中にはいるが、たまになので、例外としよう。

   小学生のカタチの取り方は、見たままを描く。

当然、カタチに対する認識はないので、理屈もない。

   小学2年生、3年生、4年生にモチーフ画(教室にある果物や野菜の作り物を描く)を描かせてみたところ、カタチをある程度描くのは、上級生ほどしっかりしている。
   当たり前かもしれないが、目が付いていく(カタチを把握できること)のは、年令が上がるにつれる。

   しかし、4年生が2年生より、しっかり描けたと言っても、成長の結果であり、目が付いていくだけと言えそうである。
   つまり、理屈ではなく、見たまま。
見たままを描こうとすると、カタチに、アッチコッチ不備が出る。それは、描き方が、繋ぎ方式とでも言おうか、端から順番に繋ぎながら描いていく描き方なので、どうしても誤差が出る。

   スプーンを描くのに端から描いたのでは、妙なスプーンが出来上がる。
スプーンの先を楕円に描き、それに柄を付ければしっかりとしたスプーンになるし、これがカタチの理屈であるが、そういう描き方をする子は、ほとんど見受けられない。

   つまり、子供は、幼児の頃は、感性で描き、小学生の児童は、見たままを描く。

どちらも難しい描き方である。しかし、子供の絵の教室では描き方は教えない。
   難しい描き方をして、アッチコッチ不備が出ても、それはそれでいい。
描き方の要領はある。しかしこれは、要領であり、技術である。

   そういうことは、大人になって身につければいい。

それより、もっと子供には大事なことがある。自由さである。子供が難しい描き方をワザワザしても、それを自由にしておけば、その中から、何かを学ぶのである。
   我々、大人の未来を築くのが、他ならぬ子供たちである。その子供たちに決まった法則を教え込むことはないと考える。

   カタチの理窟もそうであるが、それ以外の、色の理窟も、工作の理窟も私は、教える気持ちはない。それぞれに考えればいいと思う。
   そうすることによって、何かトンでもない物が生まれるかもしれない。
そんなトンでもない物は、子供たちの創意工夫から生まれるものであるし、そういう柔軟な頭が未来を築くのである。
   
   子供たちに要領は入らない。要領は成長が止まった大人たちのためのものである.

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