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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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平穏な日々 <エピソード> ‘09/2/28(土)
   誰でも平和に暮らしたいし、平穏に暮らしたいと思う。普通の人間ならそう考えるだろう。

   しかし、それはある程度の年齢に達した場合のことで、若い時は、必ずしもそう考えるとは限らない。
   若い時は、刺戟がほしいので、特に男子で、平穏に暮らしたいとハッキリ言う人は、少なかろう。若い時は若い時の人生の感じ方がある。

   これから、何かを築かなければならない人間が、二十代当初から平穏を望んだら何も手に入らない。平和と平穏はそこが違う。

   平和な世の中で、平穏な暮らしは、まだ望まないということだろう。

平穏な日々とは、平で穏やかと書く。何も事件が起こらず、穏やかに毎日を繰り返すと言う意味になる。だから、若者向けの暮らしぶりではない。

   私も十代後半・二十代と、夜に結構飲み歩いたり、出かけて行ったものである。何かを吸収しなければならない年代は、家にいても栄養が取れない。しかし、それを言っても言い訳としか取れない。

   母親が、「なぜそんなに出歩くのか? お金を使うだけじゃないの」と言っていたが、「いいの、いいの」と言って出歩いた。
   今の私なら、母親が言ったことと全く同じことを言う。

今でも、友人や仕事仲間と外で飲む。しかし一ヶ月に一回飲む仲間、数ヶ月に一度飲む仲間、一年に一度飲む仲間と、何となく分かれていて、何の支障もない。
   今の私には、丁度良いペースである。

考えてみれば、若い時ほど今は暇ではない。頻繁に出歩くだけの時間的余裕もない。なぜなら、私は二つの仕事を持っているから。

   絵の講師としての仕事と、絵描きとしての仕事である。いつも、そのどちらかの仕事をしている。両方を往復する中で、私の私的生活が挟み込まれている。言い換えると、全部が仕事する時間で、その休憩時間に睡眠をとり、食事をし、休息している。
 
   いつの間にか、そうなってしまった。
夜中の3時ごろに起きだし、テレビを見ることがよくある。朝が遅いので、二度寝する。
   何となく、やっている番組を見る。この前、ふと思った。「今が休憩時間なんだな」と。とても、くつろぐし穏やかである。
   
   若い時、散々出歩いたので、今は家にいる。今は遊び歩く時ではなく、仕事をする時である。
   そのことが、とても自然に感じる。
   私がやっている仕事は、二つともそれなりにドラマテイックである。決して楽ではない。

   しかし、私は今、平穏な日々を過ごしているような気がする。決して平で穏やかではないのに、なぜか、そう感じる。

   平穏な日々とは、平で穏やかと言う言い方の中に、もっと別な意味があるのかもしれない。必ずしも定年退職者の穏やかな日々を意味するものではない。
   
   つまり、自分のやっている仕事に迷いがなければ、それがどんなに困難でも、心の奥底は穏やかでいられる。そして、それを毎日繰り返せる状況にあるのなら、それはそれで、平穏と言える。平穏は個人がどう感じるかで決まりそうだ。

   定年退職者を羨む、現役の勤め人がいるが、退職した本人は退屈でしょうがないかもしれない。
   私が教えに行っているご年配の絵画サークルに、今日することに困っている人がいた。
   「今日は何をしよう?」と笑っていた。こういう人の心の中は、平穏なのだろうか?

   ちょっと違うような気がする。

平穏な日々は、こころの奥底に宿るもの。外面では分からない。
   本人しか分からない平穏が、心の底に宿る時、その人しか分からない平穏な日々が、そこにある。
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