fc2ブログ
アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

11 | 2023/12 | 01
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

最近のコメント

FC2カウンター

FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索

フリーエリア

にほんブログ村 美術ブログ 絵画へ にほんブログ村 美術ブログへ

RSSフィード

まず、イメージが最初にある <研究所レベル> ‘09/2/5(木)
   私は、それが順番だと思っている。
以前にも書いたことであるが、アーテイストは初めからアーテイストなのである。
   未熟の者が、次第にアーテイストに変身していくのではない。アーテイストになる人間は、初めから、やはり普通ではないと、考えると分かりやすいかもしれない。
   
   それと、同じことがイメージについても言える。初めから何かのイメージを持っていなくて、アーテイストを目指すのはおかしいとは思わないか?

   絵が、何だか分からないが、プロになりたい。描いてれば、イメージもそのうち湧くだろうと、考える人間がいるかもしれない。としたら、おかしな話である。
   アートのプロとは、アーテイストのことである。アーテイストが初めからアーテイストなら、アートのイメージも最初から持ってないと、話がおかしくなる。

   以前にも言ったことであるが、わが研究所はプロの育成機関ではない。アートのプロ、つまり、アーテイストを、育成出来るものではない。そんなことをするつもりもない。プロの考え方を指導しているのである。 

   それというのも、プロは目指すものではないからである。プロはなるもの。気が付いたら、プロになっていたというのが、正しい。だから、発展途上のアーテイストに、心構え・考え方などを指導している。そのため、あとは、ほったらしである。あとは、自分で考える。

   そういう、自主性こそがプロとして、一番大事である。だから、自分のアートへのイメージ、自分の制作のイメージは、最初から持ってないと話にならないわけである。

   さて、ではどんなイメージを持っているものなのか。

これは、もちろん人によってバラバラであろう。私の場合は、形に対するイメージを強く持っていた。ほとんど、絵がままならないのに、人の絵の中の、形に対する悪口が大好きであった。

   自分で描けないので、消去法を取っていた。つまり、これは、ダメ。この形はダメなど、良いものが分からなかったので、ダメなものを消去していた。
   
   自分の中の、訳の分からないイメージに照らし合わせて、ダメなものだけを選択していたのである。ダメな形には、ほとんど生理的嫌悪感を覚えた。
   どうして、そんなに嫌悪するのか理由は分からなかったが、私がここで言う最初のイメージとは、そのようなものだと、思ってもらいたい。

   以前、教室に抽象画を描きたいという、ご婦人がやって来たことがある。具象画は、全くといって描けないが、本人には、自分の描きたい抽象画があるようであった。
   何枚か油絵で描いてもらったが、どうもイメージと違うらしい。本人は不服らしかったが、私はそれで良いと思った。
   イメージは簡単には掴めない。何枚も描いて、手探りを続けなければならない時は、ある。

   しかし、イメージさえ持っていれば、いずれ何とかなる。大事なことは、そのイメージを手放さないことである。諦めないことである。

   私がしたように、初めは消去法しかないかもしれない。しかし、消去法は常にイメージと照らし合わせながらの作業なので、自分のイメージの確認には、良い方法である。

   イメージさえあれば、厄介なアートの世界で、道に迷うこともない。アートの世界は、無限に近い広さがある。決して大袈裟ではない。本当に想像を絶する広さである。
   そのため、イメージを持たぬものの墓場が、あっちこっちにあると、思ってもらいたい。

   イメージを持たぬ者は、結局自分を探す旅に疲れ、朽ち果てるのである。イメージを持たぬ者とは、自分を持ってない者ということになる。
   アートの世界は、そういう意味で過酷な世界である。自分を持たぬ者には、なんの返事もしないのである。無視され、ほったらかされる。

   だから、いくらアーテイストに憧れても、プロになりたくても、最初のイメージを持たぬ者は、他のジャンルに目を向けた方が良い。なまじ頑張っても、辛い思いをするだけである。

   私もこればかりは、助けてあげられない。
スポンサーサイト




この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://art21japantaya.blog121.fc2.com/tb.php/554-d7ceaead
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)