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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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ニュアンス・アートとは? <研究所レベル> ‘08/11/6(木)
   ニュアンス・アートとは、いかなるものか。

そこから、説明しないとならない。

   私が、今から17年ぐらい前になるだろうか、「ニュアンス・アート」という言葉をなんとなく、使い始めた。私が考えたので、世間には、この言葉がないと思う。

   当時、物には全てニュアンスがあると考えていた。それで、ニュアンスだけを拾い集めたような絵をイメージして、ニュアンスアートと呼んだのである。

   いまでも、このニュアンスアートのイメージは、私の創作の原点だと思っているが、ネーミングには、無理があることは、承知している。
   なぜなら、アート自体がニュアンスを地盤としているからである。
私のイメージでは、より強くニュアンスを強調したアートというつもりでいる。そのつもりで読んで頂きたい。

   では、いかなるものか?

何度も言ってきたことであるが、制作には、感覚的な作業(描写技術)と、考える作業(制作技術)の二つがある。絵を描くという行為は、この二つの技術で成り立っている。
   ほとんどの制作は、この二つの技術によって描かれている。全ての制作の99%が該当する。

   残り1%は、該当しないことになるが、実際にあるのかも私は確認していない。1%は、該当しない絵があるのではないかとの、予想数字である。
   つまり、考える制作(制作技術)がない制作のことで、全て感覚(描写技術)だけの制作ということになる。

   その感覚を、ニュアンスに置き換え、つまりニュアンスだけを拾い集めたような絵を、「ニュアンスアート」と、イメージしたのである。
   私の、究極の理想とする絵である。

従って、どういう絵かは説明が難しいが、アフリカンアートや、アボリジニーアートなどが、近いかもしれない。
   彼らのアートは、独自な考え方に基づいているので、いわゆる西欧的、または東洋的な美術の影響を受けていない。
   絵は宗教的な考えに基づいているようで、神・悪霊・死者・先祖など、畏敬もしく脅威などの念と深く繋がっているようである。

   そういう、純粋な考え方に独自の美術的な感性が絡まり、絵の構成要素になっているので、ニュアンス含有量は相当な量になるわけである。

   ただ、ニュアンスアートに近いというだけで、ニュアンスアートそのものとは、思ってない。
   なぜなら、彼らも何度も制作するうちに、腕も上がるだろうし、技術的なものも習得していくだろう。
   すると、それに伴って、ニュアンス含有量は減っていくと、考えられる。ニュアンスアートは、技術とは無縁の、いわば、ニュアンスの原石のようなアートでないとならない。
  
   もっとも、原始的なアートである。

では、子供のアートは、技術とは無縁である。特に4才児から5才児前半の子供は、技術は全くない。技術に関するだけでも該当しそうである。
   さて、これについては、返事が難しい。小さい子の絵は、ニュアンスの原石なのではと、考えるとそうかもしれないと思えそうである。

   しかし、ここで考えなければならないのは、ニュアンスアートは、あくまでも美術の話しである。だから、大人がその感性によって、狙って、ニュアンスアートにする話しである。
   それが、可能か、不可能かは、分からないとしても、意識してすることでないと、芸術にはならない。

   だから、アフリカンアートや、アボリジニーアート・子供のアートは、ニュアンスアートにとっては、教科書といったところになると思う。
   これらを、教科書として、それを進化させるとニュアンスアートになる。とイメージしている。

   いずれにしても、霞の先の話しである。いつの日か、この仮説を少しでも証明できたらと、夢を見ている。
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