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プロフィール |
Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。 画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。 「西船絵画教室アート21 アート21研究所」 http://www.art21japan.jp/
南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
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デッサンから始めない? アートQ&A<大人コース(初級)レベル> ‘08/5/27(火) |
デッサンについては、色々と書いた。
「手が描くのではなく、頭の情報で描くからである<9/5日の「デッサンが基本」は、本当に正しいか?-1/5(序章)参照>。頭の中に描くものの情報がなければ、描きようがない。」とか。
昨年、12月14日、アートQ&A「デッサンが上手く描けない!」<大人コース(初級)レベル>でも触れている。
ここで、また書くのは、デッサンは写実の最たるものであり、絵を描くものの最初の壁であり、夢であるからである。それで、またひつっこく書くことにした。
まず、最初に言っておこう。
絵の良し悪しは、デッサンとは関係ない。絵は絵であり、デッサンはデッサンであるが、デッサン崇拝は、初心者及び中級レベルまでに至る。
絵が上手く描けないことを、デッサンのせいにすることは、いまだ、世間で、はびこっているし、我が教室でも同じである。
世間的な見方をすると、デッサンがまずあって、それから作品があるという順番である。だから、デッサンが出来ない人を世間では、絵を描いている人と認めない傾向がある。 これは、困った問題で、絵はメッセージであると、何度も言ってきた。絵を描くという行為は、趣味で描いていても、職業でもメッセージであることに変わりはない。
人に何かを伝えるために絵があるのなら、デッサンは、その手助けをするものに他ならない。伝えるためのデッサンである。 この考え方をしないと、この話は始まらない。
デッサンは上手く伝えるためのものであるなら、どうしてデッサンが最初に来ないとならないかである。デッサンが最初に来る必要はないのである。
そこのところを、皆勘違いする。 確かに美術学校への入学試験では、技術試験として、デッサンがある。デッサンがどれほど描けるかを目安としている。
しかし、それは効率よく大量な受験生を振り分けるための目安であり、デッサンを基礎としないと、他に代わる目安がないからである。問題は、絵の精神ではなく数の問題である。
では、趣味で描いている者も、受験生と同じく、組織的な数の問題を背負わなければならないかである。考えるまでもない。そんな必要はない。
趣味で描いている者こそ、贅沢な王道を歩くことが許されている。デッサンは必要と思った時に、すればいい。
このことを、忘れてはならない。絵を描く動機は、感情である。感情がまずあって、それから、描くという行為がある。描いているうちに、デッサンの必要性を感じ、デッサンをする。
こういう、順番である。始めからデッサンが出てくる道理はない。
だから、皆さん、デッサンをしたければ、それはそれでいい。でも、デッサンを最初にしたからって、世の中そんなに変わりはない。
常に問題は、何に憧れ、何を描きたいかである。それが常に最初の問題となる。
デッサンをして、リアルなものを描いておきたいというのが、人々の最初の夢であるだろう。絵を上手く描けない者が、憧れるのは、純写実であろう。
気持ちは分かるが、だからと言って、デッサンをものの最初と決め付けることは、間違いである。
デッサンを最初に持ってこない方が、絵は上手くなる。私はそう思っている。
毎年何万人という、美術学校の志望者がいる。この、何万人は、デッサンを最初と決めた人々である。受験制度上、そうなっている。 では、デッサンを最初と決める方が、正解なら、優秀な絵描きは、この考え方をしたものの中から出てしかるべきだが実際は、そうなっていない。
出たり出なかったりである。 つまり、この考え方が必ずしも正解でないことは、事実が証明している。
惑わされてはならない。まず、絵を描きたいとする精神が優先する。後は段取りの問題で、段取りにも色々ある。デッサンが最初か、後かである。
この話、分かったかな?
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