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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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技術と技法 <大人コース 中・上級レベル> ‘08/3/26(水)
   よく、技術と技法をごっちゃに考える人がいる。これは違う。技術は自然に身に付くもの、技法は努力して得るものである。

   もう少し詳しく説明しよう。

絵でいう技術とは、基本的な描写技術のことである。これは、慣れが非常に影響する。鉛筆一本を例えたとして、鉛筆でも使うには慣れが必要である。慣れると色々な描き方が可能になる。薄く描く、濃く描く、点を打つ、強く押すように描く、引くように弱く描く。

   鉛筆の生み出す表情は、使い慣れることによってその数を増していく。これを技術と言う。したがって、描く頻度によって、慣れるし、技術も身に付く。技術は描いてれば、向こうの方から勝手にやって来ると言える。いわば、受動的と言えようか。

   努力しないと身に付かない技術もなくはない。例えば、水彩で筆跡なく綺麗に塗るとしたら、ただ描いていても中々身に付かないだろう。やはり、何回も練習する必要がある。何回も練習したら、この行為は、努力ということになる。

   また、鉛筆デッサンなどで、斜線を素早く同じ角度で同じ間隔で引くことが必要なことがあるが、やはり少し練習したほうがいいし、努力することになる。

   努力しない技術と努力して得る技術と二つあることになる。では、後者を技法と呼ぶかといえば、そうは呼ばない。やはり、前者も後者も技術と呼ぶ。

   これは、どうしてかと言えば、ここでいう技術とは、全て描写に必要な技術であり、また、練習によって慣れることを意味するので、たとえ努力しても、技法で言う努力とは意味を異にする。

   では、技法における努力とは、いかなるものか。

技法を辞書で引くと、技術と方法とある。技術にもう一つプラスしたものが技法ということになる。そのもう一つが、辞書によると方法ということになるが、方法と言っても何のことやら分からない。

   絵の技術は、描写技術なのであり、絵とは、描写することなので、描写以外に必要な方法というのは、一体何のことだろうか?

   さて、一つ断っておくが、全ての絵に技法が関係するとは、限らない。油絵などは、技法と呼べるものは、ないと言っていい。あるとすれば、水彩かアクリルあたりであろう。

   例えば、アクリル絵具に技法集の本がある。アクリル絵具はタフな絵具で、水彩のようにも使えるし、油絵のように盛り込むことも出来る。また、混ぜ物(おがくずや砂を混ぜる人もいる)をして、マチエール作りを楽しむことが出来る。

   メジュウムも豊富で、盛り上げ専門、透明感を出すもの、接着力を増すもの、地塗り剤等色々な用途に応えるべく用意されている。したがって、これを使うとこんなことが出来ますよという解説が、多く発生する。

   これが、技法である。描写することを助けるもの。技法とは、描写を手助けするものと考えてもらうと、当たっている。つまり、手助けする方法のことである。

   なんとなく、分かってきたことだろう。日本画には、色々な技法があるらしい。専門ではないので、らしいということになる。やはり、描写を手助けすることに他ならない。
   これは、描いているうちに自然に身に付くものではない。自分から求めないと手に入らない。努力して得るものである。だから能動的である。

   この能動的努力と前述した受動的なものの中の努力とは、異にしているのはお分かりだろう。

   技術は、あくまで受動的である。たとえ練習したとしても、その努力と技法を得ようとする努力と一緒には語れない。技法を得るための努力は、描写とは別物である。

   それは、英語の勉強を別にするようなものである。絵の勉強をするために海外へ出掛けるための英語の勉強、と例えれば分かりやすいか。

   技術と技法は、親密な関係にありながら、その実、全く関係ないとも言える。技法を知っていたからといって、絵が未熟では何にもならないし、一生技法とは縁がなくとも絵描きとして成立する。

   とりあえず、技術と技法の、この違いだけは覚えておきましょう。
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