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アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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<教室日記>2014・4・22(火)
「ブログ講義」
絵は理屈で考える)アーカイブー2008年5月20日のブログより

  以前書いたブログを見ていたら、面白いのが、出てきた。 もう、2年くらい前になるだろうか、当時、高校1年生のR君と私が、窓から入ってきた羽アリを退治した話.

 
  それは、6月のある金曜日。  
雨のシトシト降る日中に、換気のため窓を開けていた。 
  教室の窓は、事務所タイプなので、大きく開けた西側窓と南側窓には、網戸がない。 
  夕方になると、灯りを求めて虫が入ってくるので、5時過ぎに窓を閉めたのだが、大量の羽アリが、教室に侵入したことに気が付かなかった。

  高校1年生のR君が、教室にやってきたのは、午後6時。 3時間受講する。 
この日の夜の予約は、R君だけ。

  R君は、いつものように石膏像のデッサン。 私は、奥の小部屋でパソコンを打っていた。 
  7時過ぎ、パソコンを打ちながら、虫が飛んでいるのが気になったが、窓を開けていたので、多少は入ってしまうなと考えた。
  
  いきなり、R君が、私を呼んだ。

「先生! 虫! 虫が飛んでる!」

  R君は、デッサンを描くのに夢中だったため、初め、虫には気が付かなかった。 デッサン用紙に無遠慮に停まり出したところで気が付いた。 虫に取り囲まれていた。 
  机、椅子、イーゼル、紙、鉛筆入れ、床、天井、至るところに虫が乱舞していた。 
さあて、それからが大変。 ホウキを取り出し、二人で、タタキまくり、ハタキまくり。 R君もデッサンどころではない。 天井をハタキ、床をタタクが、数は一向に減らな
い。 
  締めた窓の外側には、羽アリが群れをなして張り付いている。 ゾッとした。 

結局、私もR君も、その後、帰る時間まで虫退治をする羽目になった。 退治した虫の数は、ザッと200匹。  
  
  午後9時。 R君が、帰る時に言った。 

「先生!」「疲れた!」

  と言う話。


 

  さて、ブログ講義をしよう。 今回のテーマは、「絵は理屈で考える」、2008年5月20日のブログからの抜粋である。


  絵は理屈で考えよ。

絵は感覚で描く、と、思っている方は、驚くかもしれないが、絵は理屈で考えるもの。 
  もちろん、初心者向けではなく、ある程度、絵を描いてきて、ある程度の経験を有する者が、理屈で考えると、どういう効果があるかという話である。

  ずばり、その効果は、頭の使い方にある。 理屈で考えよとは、頭を使うということ。
  絵は、感覚であるといっても、感覚ほど雲を掴むような話はない。 
  カタチはあるようでないし、実体があるようでない。 そのため、感覚だけで絵を描くことは、ほとんど不可能と言っていい。
  それで、古来、絵は、感覚と理屈のセットで描かれてきた。 感覚を分析し、捕まえやすい理屈を考える。 
 

  絵が、なかなか、上達しないと言う人がいる。 

「先生、なかなか、上達しないのですが、どうしてでしょうか?」

  答えは、簡単だが、思ったとおり言えない。 思ったとおり言えば、

「それは、何も考えないで描いているから」

  と言うしかない。 それは、本人の資質の話まで及ぶので、残念ながら、なかなか、言えない。

  何も、絵の話だけに限らず、全てのことに言えると思うが、何も考えないで、ものが上達した例はないだろう。 皆、それぞれの分野で、頭を使っている。 

  どうしたら上達するか? そのためには、どうしたら良いか? 

そういう疑問が自然に湧き上がってきて、初めて、何かを掴む姿勢ができる。 
  それを、ただ、絵画教室に通っているだけで、絵が上達すると考えるのは、「甘い」を通り過ぎて、怠け者と言ったほうが早い。 
  待っていたら、何も手に入らない。 ほしいものがあったら、取りに行くしかない。 人生訓として当たり前のこと。 

  
  感覚は、理屈を確認するためにある。 
感覚には理屈はない。 感じるままなので、何かを感じたら、これほど確かなことはない。 
  しかし、理屈は時として、脱線することがある。 感覚より確かなはずの理屈も、ひとたび脱線すると始末が悪い。 
  理屈の上に理屈を足すと、屁理屈となり、埒もない方向へ行ってしまう。 実際に、こういうことは起こり得る。 そのため、脱線しないように感覚が、理屈を見張る。
  
  感覚は、淡いので理屈が必要。 しかし、理屈は勝手に走り出すので、感覚が元に戻す。 感覚と理屈は、切っても切れない仲なのである。 
 
  絵は、すべからく、感覚で始まり、理屈で繋ぎ、感覚で終わる。 
デッサンをしている人が、カタチが変だと思ったら、どうしてなのか、理由があるはず。 必ず、原因がある。 それを、感覚で探しても見つからない。 理屈で探してやっと見つかる。  

  教室で、石膏像のアグリッパをデッサンしている人が、言った。 

「何かカタチが違う」
「先生! どうしたらいいのか、分からないです」 

  感覚が、異常に気付いたのだが、どこを直せばいいのか分からない。 
そこで理屈で考えた。 
  耳の位置が高かったことに気付いた。 耳の位置が高かったために、あごの線が上に引っ張られ、あご全体の範囲が狭くなっていた。 そのため、しっかり描いたつもりのデッサンの印象が、アグリッパと違ってしまった。 
  
  絵の制作は、感覚と思考のハイブリット。 感じ、考え、感じ、考える。 この繰り返し。

  絵は理屈で考え、そして、感覚で確認する。

だから、心置きなく、考える時は、考えよう。 
  絵画教室には、二種類の人しかいないのが、正常な絵画教室。 
  
絵を描いている人と、考えている人。 絵画教室は、そういうところ。 






  ごく、たまに、虫を追いかけている人もいるが。

テーマ:アート - ジャンル:学問・文化・芸術