アート21教室日記
田屋優・・・・・・画家、現代美術作家  西船橋の絵画教室、研究所主宰               (掲載内容の無断転用禁止)
プロフィール

田屋優

Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。
  画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子、伊藤悠里子。
 
「西船絵画教室アート21
 アート21研究所」
http://www.art21japan.jp/

 南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
  

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2017・7・25(火)
「教室日記」

  木曜キッズ教室の中学3年の女子、 ちゃんと、小学5年の  君が、図鑑にあったちくわを描きっこしていた。
  どちらが、上手く描けるか、競っている。

決着が着かない。


  いきなり、 T ちゃんが、私の所に来て、

「先生!  ちくわ描いて下さい!」
「先生は、焼きちくわ」
「難易度上げます」


笑った。

  サラダ用 3 本セットの小振りちくわより、1 本売りの焼きちくわのほうが、難易度が高いらしい。 
  知らなかった。


これが、芸術的焼きちくわなんだと言いながら、描いてみせた。
  ついでにサインも。

「先生!  やっぱり、上手いな❗」

  と言ったが、そのあと 、 君と、二人がその絵の取り合いになった。


私も 20 代の頃、映周先生に絵を描かせたことがある。
  カッパがヤカンの水を、頭の皿に掛けている絵だった。

映周先生の絵は、ヘタだった。

「こう描くんだよ」

  と、言って、
私が描いた絵を見せた。
  映周先生は、笑いながら言った。

「そう言えば、そっちの絵のほうが上手いな」

  ちくわもカッパも五十歩百歩。
どちらが上手くても、大差ない。

  しかし、私の人生で、焼きちくわを描くチャンスは、子供にねだられない限り訪れることはないだろう。
  焼きちくわは、なぜか、新鮮だった。

映周先生も同じことを感じたと思う。




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2017・6・27(火)
「教室日記」

《基本からの脱却》

  わが教室は、絵の基本を指導している。
ほとんど、基本のみを反復指導していると言っていい。

  これは、絵の描き方には、純然たるルールがあるため、ルールを覚えるための反復指導である。
  ルールとは、描写に関することではなく、画面の作り方のことが、ほとんど。

どういう作り方をするものなのか、どういうことに気をつけ、どういうことをしてはいけないか。
  そのことを、作品を通して繰り返し指摘する。


絵は、人に何かを伝えるためにある。
  そのため、効率良く伝えるための知識・技術が必要だが、
数百年に及ぶヨーロッパ美術の蓄積が、19世紀に、この知識・技術を、ほぼ、完全なカタチで作り上げた。
  今の洋画系絵画教室は、この考え方を継承している。


絵は、一人でも描けるが、このルールだけは、教わらないと覚えない。
  したがって、独学で描いた絵には、大なり小なり、視覚的に問題があるのは、こういう理由による。
  過去のヨーロッパの天才たちが、数百年掛かって作り上げた理論を、いち個人が、独学で学べるものではない。


さて、では、基本を身に付けたなら、それで、十分だと、思いがちだが、そうではない。
  実は、絵のスタートラインは、基本を覚えたところに引かれている。
基本を身に付けたら、次は、本人の夢を、絵で語る順番であろう。

しかし、この夢を語ることは、容易ではない。
  自分の夢を語ることは、自分と向き合うことでもあり、結構、難しい話になってしまう。
また、極めて個人的な問題なため、スタートラインから先は、自分一人でやるしかない。

  しかし、同時に得るものも大きい。


自分を表現したいと願う気持ちは、誰にでもある。
  自分の存在アピールだし、存在価値の確認でもある。
ある者は、スポーツで、ある者は、バンドで、歌で、ゲームの得点で、コレクションで。

  酒を飲み、クダを巻くのも、ある意味、自己認識、自己アピールと言える。
とにかく、気分が良く、楽しいのである。
  世の中で、自己表現ほど、面白く、満足感のあるものは、そうザラにない。

絵のスタートラインから先は、そういう世界でもある。




2017・6・20(火)
「教室日記」

  最近、スマホに、無料の画像編集ソフトをダウンロードした。
スマホにも編集ソフトは付いているが、なんせ、貧弱なので、試しにやってみた。

  きっかけは、絵を描くのに写真加工が役に立つと思ったからだが、これが結構面白い。
景色の写真や、人物写真を加工して、色々お試し中。

  まだまだ、機能があり過ぎて使いきれていないが、写真の切り抜きがあるので、これは、上手く使いこなせば、
制作の役に立ちそうだ。 

  喫茶店でお茶しながら、簡単にできる。
世の中、進んでますなア~

  ホント!



2017・5・23
「教室日記」

  大人教室の 「会員展」 も今週土曜日に迫った。

いよいよである。 
  雑用に次ぐ雑用で、この時期、手帳は真っ黒になる。 

私は、A5サイズのビジネス手帳を愛用している。 毎年、同じ手帳を買う。
  後ろのほうのメモ用ページには、17 の項目のインデックスを付けている。 

会員展の項目には、全出品者の名前を横に 2 行づつ取り、作品点数、額の有無、搬入日、搬出日、撮影日、出品料の支払いの有無、オープニングパーテイー出席の有無などが書き込んである。 

  次のページには、展示作業者名、オープニングパーテイーの買い出し要員名、運搬要員名、切り出し要員名、参加者名、
会場当番者名、会場撤去者名が列記してある。

  教室運営の90%以上は、この手帳一冊のメモでまかなっている。 
その点、手帳が秘書代わりなので、安上がりだ。


  手帳を使いだして、かれこれ、30年以上が経つ。 手帳を見れば、一年前に何をしていたのか、すぐ分かる。
  日記より正確だ。  

今や、私の手帳は、私の人生の記録にもなっている。

  

2016・5・9(火)
「教室日記」
「私のよろめきドラマ」

  最近は見掛けないが、以前は、お昼の午後1時から15分間、いわゆる、よろめきドラマをやっていた。

  よろめきなので、不適切な相手との関係。
つまり、不倫だな。


  平日毎日やるため、専業主婦が視聴率を稼ぎ出していた。
納豆みたいな内容で、あーたら、こーたら、ネチャネチャと、男女の秘め事が、永遠に続く。
  私は、この手のよろめきドラマが大キライだが、まさか、わが身に起きるとは、想像していなかった。

  実は、最近、二度ほど、よろめいた。

体がぐらついたのである。 しかも、シラフで。

  一度は、教室があるマンション 1 階でエレベターに乗ろうとしたら、中から人が出てきた。
私は、チャリをエレベターに運び込むので、慌てて後退りしたら、よろめいた。
  
  別に、どうということのない、日常的なことだが、中から出て来たおば様が、慌てて、手をさし出して私を支えようとした。

  で、思った。
年寄り扱いされた。

  それから、二三日後の夜の 7 時頃、授業を終え、チャリを押して、1 階のエントランスを出ようとしたら、塾に来ている子供のチャリが、自動販売機の前に、何台も無遠慮に停めてあり、ドカさないと出れない。

  右手で、自分のチャリを支え、左手で、子供のチャリをドカしている時に、よろめいた。
  ちょうど、歩道を歩いていた、また別なおば様が、これまた慌ててこちらに来て、手伝ってくれた。

で、また、思った。
  年寄り扱いされた。

私のよろめきは、状況的に無理かなる話。
  単にバランスを崩しただけ。 

と、思う。

  反射神経の衰えの兆候ではないのに、はた目には、衰えと映ったのだろうか。


若い人のよろめきは、艶っぽい男女の関り合い。

  年寄りのは、足元不如意の老いとの関り合い。


あらら、