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プロフィール |
Author:田屋優
「絵の多角的分析」を研究テーマに、様々な角度から見た絵の本質を分析解説する。 画家・彫刻家、田谷映周を師匠とし、兄弟弟子に画家・彫刻家、田谷安都子。 自身の弟子に橋崎弘昭、大野まみ、萩原正子。 「西船絵画教室アート21 アート21研究所」 http://www.art21japan.jp/
南船橋ビビットスクエア・カルチャースクール絵画部講師、ウエルピア市川絵画部講師、カーサ・デ・かんぽ浦安絵画部講師、NONSTOP会員。
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2017.9.26(火) |
「教室日記」
一昨日の日曜日に、新宿で飲み会があった。
絵描き仲間と久しぶりの再会。 この前会ったのは、6月の上野だった。 3ケ月ぶりなので、それほど久しぶりでもないか。 新宿が久しぶり。
せっかく、新宿に来たので、絵の資料用に街の写真を撮った。 待ち合わせ時間の1時間前に着き、西口の高層ビル群や、思い出横丁、東口駅前を撮りまくったが、なかなか、使えそうな写真は撮れるものではない。
やはり、片手間ではなく、一日がかりで歩くつもりでないと、いい場面には出会えないと思った。
なんでもそうだが、本気と根気だな、
やっぱし!
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2017・9・19 |
「教室日記」 お試し希望の電話が掛ってきた。
お試しとは、2時間を2回やって1000円というもの。 受講者からすると大変お得なのだ。 教室としても、教室の紹介説明を短縮できるので助かる。 2時間説明しても、入会しない人は実際にいる。
そのお試し希望者は、まったくの初心者で、何をお試ししたらいいのか分からないと言う。 とりあえず、デッサンとうことで電話を切ったが、さて、どうしたものか?
デッサンは、単なる練習画なので、興味がなければ面白いものではない。 その人が絵を描いてみたいと思った動機があるハズだ。
少なくてもデッサンではないだろう。 それが何であるのか分からないが、絵と言えるものから始めるのが正解だと思う。
お試し受講で来た時に、水彩画かパステル画を紹介しようと思う。 何を描いたらいいのか分からない人に、ヒントをあげるのも、私の仕事なんだろうね。
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2017・8・1(火) |
「教室日記」
今日から8月である。
すでに、十分に暑い。
今週5日土曜日に、午後6時から、毎年恒例の納涼祭を教室で開催する。 夏の人気のイベントだ。 教室西側窓から江戸川の花火大会を見物する。
アート21祭りとして、2008年から開催しているが、 それ以前は、同じ5 階だが、北西の角部屋だったので、西側窓から江戸川の花火が見えなかった。
昨日の土曜日に、船橋にジャンケン大会の景品を買いに行った。 納涼祭のジャンケン大会の景品だ。
帰りに大輦(だいれん)という中華料理店に寄った。 35度はあるだろうという温度の中、当然のようにまず、生ビール。
その店には、ソースラーメンがある。 ソースラーメンは、船橋のご当地ラーメン。 ほんの気まぐれから、初注文した。
ヤキソバのスープ版。 まあ、こんなのもありかなと思った。
さて、9月までこのブログは夏休みします。 次回は、9月5日からです。
今年も非常に暑い日が続きます。 皆さん、良い夏をお過ごし下さい。
また、9月にお会いしましょう。
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2017・7・25(火) |
「教室日記」
木曜キッズ教室の中学3年の女子、T ちゃんと、小学5年の K 君が、図鑑にあったちくわを描きっこしていた。 どちらが、上手く描けるか、競っている。
決着が着かない。
いきなり、 T ちゃんが、私の所に来て、
「先生! ちくわ描いて下さい!」 「先生は、焼きちくわ」 「難易度上げます」
笑った。
サラダ用 3 本セットの小振りちくわより、1 本売りの焼きちくわのほうが、難易度が高いらしい。 知らなかった。
これが、芸術的焼きちくわなんだと言いながら、描いてみせた。 ついでにサインも。
「先生! やっぱり、上手いな❗」
と言ったが、そのあと 、K 君と、二人がその絵の取り合いになった。
私も 20 代の頃、映周先生に絵を描かせたことがある。 カッパがヤカンの水を、頭の皿に掛けている絵だった。
映周先生の絵は、ヘタだった。
「こう描くんだよ」
と、言って、 私が描いた絵を見せた。 映周先生は、笑いながら言った。
「そう言えば、そっちの絵のほうが上手いな」
ちくわもカッパも五十歩百歩。 どちらが上手くても、大差ない。
しかし、私の人生で、焼きちくわを描くチャンスは、子供にねだられない限り訪れることはないだろう。 焼きちくわは、なぜか、新鮮だった。
映周先生も同じことを感じたと思う。
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2017・6・27(火) |
「教室日記」
《基本からの脱却》
わが教室は、絵の基本を指導している。 ほとんど、基本のみを反復指導していると言っていい。
これは、絵の描き方には、純然たるルールがあるため、ルールを覚えるための反復指導である。 ルールとは、描写に関することではなく、画面の作り方のことが、ほとんど。
どういう作り方をするものなのか、どういうことに気をつけ、どういうことをしてはいけないか。 そのことを、作品を通して繰り返し指摘する。
絵は、人に何かを伝えるためにある。 そのため、効率良く伝えるための知識・技術が必要だが、 数百年に及ぶヨーロッパ美術の蓄積が、19世紀に、この知識・技術を、ほぼ、完全なカタチで作り上げた。 今の洋画系絵画教室は、この考え方を継承している。
絵は、一人でも描けるが、このルールだけは、教わらないと覚えない。 したがって、独学で描いた絵には、大なり小なり、視覚的に問題があるのは、こういう理由による。 過去のヨーロッパの天才たちが、数百年掛かって作り上げた理論を、いち個人が、独学で学べるものではない。
さて、では、基本を身に付けたなら、それで、十分だと、思いがちだが、そうではない。 実は、絵のスタートラインは、基本を覚えたところに引かれている。 基本を身に付けたら、次は、本人の夢を、絵で語る順番であろう。
しかし、この夢を語ることは、容易ではない。 自分の夢を語ることは、自分と向き合うことでもあり、結構、難しい話になってしまう。 また、極めて個人的な問題なため、スタートラインから先は、自分一人でやるしかない。
しかし、同時に得るものも大きい。
自分を表現したいと願う気持ちは、誰にでもある。 自分の存在アピールだし、存在価値の確認でもある。 ある者は、スポーツで、ある者は、バンドで、歌で、ゲームの得点で、コレクションで。
酒を飲み、クダを巻くのも、ある意味、自己認識、自己アピールと言える。 とにかく、気分が良く、楽しいのである。 世の中で、自己表現ほど、面白く、満足感のあるものは、そうザラにない。
絵のスタートラインから先は、そういう世界でもある。
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